変わりゆく自然(2024年3月・会報120号)

 2月5日、2年ぶりに雪が積もりました。気温が氷点下になる日もありましたが、春を思わせる暖かい日が多く、ウメが半月ほど早めに咲き始めました。今年の冬は雨がほとんど降らず、今までにないほど谷戸の湿地が乾燥していましたが、2月半ばになってようやく雨が降り始めました。

谷戸の自然の様子

 2月7日、雪の上に残された獣の足跡を観察しました。田んぼ付近の湿地、谷戸奥の畑に、ノウサギの足跡がたくさんありました。

ノウサギの足跡
謎の足跡

アカガエルの産卵が遅れていましたが。2月16日~17日にかけて産卵が始まりました。湿度と気温の上昇が重なると一斉に産卵が始まるようです。今年は冬鳥(大陸から越冬に来る渡り鳥)が少なかったのですが、1月に北日本で雪が降ると、少しずつ冬鳥が移動して来るようで、数や種類が増えてきました。昨年に続き池にキンクロハジロというカモが来ています。2月18日は春を思わせるような陽気でしたがウグイスの初鳴きを聞きました。

キンクロハジロ

ヤマザクラと野鳥

 ソメイヨシノの開花が話題になる頃、谷戸の雑木林にヤマザクラが咲き始めます。サクラに浮かれるのは人間だけではなく、野鳥の鳴き声もにぎやかです。ヒヨドリやメジロの群れが花のミツを吸いに集まってくるのです。ヒヨドリやメジロは一年中見られますが、渡り鳥のように北日本へ帰る集団もいて、サクラ前線と共に北上して行くようです。花と同時に新芽が出ますが、芽吹いたばかりの葉を食い荒らすイモムシを食べてくれるのが、シジュウカラやスズメなどの小鳥です。サクラと野鳥の関係は深いのでしょう。鎌倉のヤマザクラには、オオシマザクラという白いヤマザクラが混じります。純粋なヤマザクラとオオシマザクラの中間のようなサクラも見られます。ヤマザクラは挿し木で増やすソメイヨシノと違い、種から発芽し成長した木と思われます。一本ずつ花の色や咲く時期に微妙な個性が感じられ、見ていて飽きません。昔から鎌倉や三浦半島にはヤマザクラが多かったようで、鎌倉時代や戦国時代には、海に船を浮かべて山に咲くヤマザクラを愛でたと伝わっています。房総半島や多摩丘陵には鎌倉ほどヤマザクラがないので、土地の人たちが大事に育てたのでしょう。今、谷戸の雑木林には、ヤマザクラの若木がほとんどありません。種が発芽するまで一年くらいかかるのと、日あたりがよくないと苗木が育たないからでしょう。ここ数年、ナラ枯れ現象でコナラの大木が枯れ、雑木林の中に点々と空き地ができつつあります。このような場所にヤマザクラの苗木を植えるなど、鎌倉らしい雑木林を継承する活動ができればと願います。

オオシマザクラ

変わりゆく自然(2024年1月・会報119号) 

 12月になっても日中は暑さを感じる日がありました。朝はかなり寒いので、昼夜の温度差を感じます。全国的に荒れた天気が続いていますが、鎌倉でも強い風が吹き荒れるなど極端な気象が続いています。

ツミ

谷戸の自然の様子

ルリビタキ

 谷戸では、薄氷がはったり軽い霜が降りているようですが、例年よりも寒さの訪れが遅いようです。12月になっても赤トンボ(アキアカネ)が飛んでいました。紅葉は、夏の暑さで木が弱っているためか、発色が悪いように感じます。毎年、谷戸に越冬に来る冬鳥が、今年は特に少ないようです。カシラダカ、ルリビタキ、シメなどが冬の小鳥が見られないのはさびしいです。その一方で、カワウという柏尾川にいる大型の鳥が池に現れました。エサ不足で移動してくるのかもしれません。前回お知らせしたセグロセキレイという鳥が毎日のように見られています。ツミという小型のタカ(ハトより少し小さいくらい)が居ついており、水路で水浴びをしたり、ヒヨドリを襲っているのを観察しました。人が知らないうちに自然のドラマが繰り広げられているようです。

セリとノウサギ

ノウサギ
ノウサギが食べた跡

 春の七草で知られるセリは、野鳥や動物にとって冬の大切な食料です。湿地ではセリやハコベの葉先を食べた跡が見つかります。谷戸が公園になって間もないころは、ノウサギがたくさんいてフンや足跡が多く、時々姿も見られましたが、最近では少なくなりました。先日の観察では、獣道(獣が通る道)のまわりで、ササの葉をハサミで切断したような食痕(かじった跡)が所々にありましたので、まだ棲息していることは確かです。谷戸の奥や、隣の台峰緑地では食痕が多く見つかるので、人があまり来ない場所にセリを増やすことが保護につながると感じます。従来、セリが減っているのは湿地が乾燥化するためと言われてきましたが、それよりも湿地に枯草が積もって日照をさまたげ、セリが育ちにくくなっているのが原因と思われます。休耕田になって年数がたつと、湿地を保護(放任?)するだけではだめで、湿地の手入れが必要になるようです。湿地の枯草を刈り集め、日当たりをよくすることがセリの生長につながり、ノウサギなどを守ることになるでしょう。冬こそ、湿地の作業を頑張りたいと思っています。

変わりゆく自然(2023年11月・会報118号) 

●遅くやってきた秋
 猛暑の影響か、ヒガンバナ、キンモクセイなど秋の花が咲くのが遅れました。8月にやってくるはずのウスバキトンボ(赤トンボと間違えている人が多い)の群れが夏には見られず、10月になってアキアカネ(本当の赤トンボ)と混じって飛んでいました。

ナガコガネグモ

●猛暑と水不足の影響
 イネ、サツマイモといった谷戸の作物が例年の8割から半分以下の収穫量になってしまいました。秋の野草が咲く季節ですが、7月に草刈りをした後の生長が悪く、ツリガネニンジンは貧弱なまま花をつけました。植物の種類も変化が起きていてカヤツリグサなどが見られない反面、ヤブガラシ、メヒシバ類など一部の草は異常に繁茂しています。イナゴやカマキリ、キリギリス類が少なく感じます。田んぼに多いクモ、ナガコガネグモの網がほとんど見つからないのが心配です。

セグロセキレイ(目の上だけが白い)

●30年ぶりに戻ってきた野鳥(セグロセキレイ)と谷戸の田んぼ
 10月18日、稲刈り後の田んぼでセグロセキレイを見ました。谷戸が公園になる前は毎日のように来ていたセグロセキレイですが、公園の整備工事が始まると、よく似たハクセキレイに入れ替わってしまいました。ハクセキレイは都市化が進むと増える鳥なので、谷戸の環境の都市化が進んだ証拠とあきらめていました。セグロセキレイが30年ぶりに戻ってきたのは、谷戸の田んぼを昔のように守ってきた成果かもしれません。谷戸の

ハクセキレイ 雄

田んぼには多くの野鳥が訪れます。年によっては警戒心が強いタシギという鳥が越冬したこともあり驚きました。これは、公園整備の時に、田んぼの周囲にアシなど草地を残して広場から田んぼが直接見えないようにしたことや、周辺の散策路(山側)の幅を狭くして

、野鳥が安心して田んぼに下りられるよう配慮したことがよかったのでしょう。冬でも水が残っている谷戸田をそのまま耕作しているので、ドジョウやトンボの幼虫など、サギ類をはじめとする水鳥のエサが豊富にあります。また田んぼの畔が昔のように維持されているので、ホオジロ、カシラダカなど畔の草の実を食べる小鳥も集まります。タシギのように警戒心の強い鳥は畔の陰に身を寄せて隠れることもできます。人手が必要な谷戸田は、プロの農家では維持できないでしょう。野鳥や昆虫が寄って来る昔ながらの田んぼを維持するために、これからも当会の活動が必要です。

タシギ

変わりゆく自然(2023年9月・会報117号)

タマムシ

ハンミョウ

コシボソヤンマの産卵

 7月の初旬に台風が来た後、8月半ばまでまったく雨が降らず、水に悩まされています。昨年以上の酷暑と晴天が続いたので苦しい夏になりました。谷戸の自然は、例年より早いペースで季節が進んでいるようで、セミやコオロギなどは一週間ほど早めに鳴き始めています。今年はトンボやチョウをはじめ生きものが少なめですが、タマムシが多いようで、珍しいトンボのコシボソヤンマや、美しい甲虫のハンミョウが見つかりました。ハンミョウが見つかったのは数年ぶりだと思います。

アオダイショウの抜け殻

シマヘビ

●谷戸の道具置き場とヘビ
 谷戸の倉庫の近くで、2m近いヘビの抜け殻が見つかりました。大きさからアオダイショウと思われます。谷戸のヘビとしては最大級の大きさです。大物のアオダイショウがいるということは谷戸の生態系がまだ豊かな証拠かもしれません。谷戸では7種のヘビが記録されていますが、よく目立つのは、1メートル以上に育つシマヘビ、アオダイショウ、ヤマカガシでしょう。ヤマカガシは黒っぽいヘビですが、よく見ると赤や黄色の模様があります。近年、ヤマカガシには毒があることがわかり、恐れられるようになりました。怒ると、コブラのように体を持ち上げて威嚇します。ヒバカリという、オタマジャクシを食べるヘビもよく見かけますが、小型なのであまり目立ちません。マムシは有名ですが、数が少ないヘビで、今では数年に一度見かける程度です。ヘビを見かけるのは田畑の周り、散策路沿い、そして道具置き場など人間が利用している場所です。よく茂った草むらや湿地の奥など、いかにもヘビが出てきそうな場所にはいないのが不思議です。カエルなど里山の生きものが多い場所にヘビも集まってくるのでしょう。竹や丸太などを保管する道具置き場もヘビの隠れ家として役立っているようです。田畑の周りにある、昔ながらの道具置き場には、隙間や空間があり、昆虫も多く利用します。昭和の頃、古い木造住宅にはアオダイショウが棲みついていて「家の主」と呼ばれていました。屋根裏や縁の下、木造の物置があったからでしょう。当会では、田畑だけでなく、その周辺の景観に配慮していますが、昔ながらの竹や丸太、ササを使ったり、伐採した木を集積してあるような景観が、里山の生きもののために役立っているのです。

変わりゆく自然(2023年7月・会報116号)

 今、生態系の節目を感じています。以前からカタツムリなど身近な生きものが少なくなっていますが、今年はスズメやツバメ、田んぼのシオカラトンボまでが減っています。谷戸のホタルはいるものの、ホタルを取り巻く生きものが姿を消し始めました。夕空に舞うコウモリが全く見られなくなりました。初夏の夜、ジーと鳴くキリギリス(クビキリギス)も今年はあまり耳にしません。これほど少ない年は初めてです。数年前からじわじわとクモが減っており、ヤマシロオニグモなどは絶滅状態です。今までは、環境(植物)を守れば自然を守れると思っていましたが、谷戸の環境(植物)は健在なのに、なぜか昆虫や小動物が減少しているのです。今まで少しずつ蓄積されてきた化学物質のようなものが、臨界点を超えてしまい、いよいよ影響が出始めているのかもしれません。カルガモなど天敵の生態が変化しているのも原因でしょう。

チダケサシ 6月
コチャバネセセリとチダケサシ 7月


●田んぼの土手を彩るチダケサシ
 田んぼの土手だけにある野草、それがチダケサシです。市内ではほとんど見られなくなった野草です。田植えが終わったころ、6月下旬から7月半ばに桃色~白の花穂を咲かせます。その見事さは園芸種かと見間違えるほどです。チダケサシとは、「キノコを刺す」という意味だそうです。チダケサシの花穂をさわってみると硬くてざらざらしており、キノコを刺しやすく滑り止めにもなりそうです。昔の子どもたちがキノコ(キクラゲなど)をチダケサシの穂に刺して持ち帰ったのでしょう。田んぼの土手には昔からたくさんあり、散策路側にも増えてきています。宿根草なので何年も根が生き残ります。谷戸のチダケサシは、35年くらい前に見つけた場所で今も咲いています。急に増える草ではありませんが、樹木のように寿命が長いようです、かつて谷戸が公園になる前の時代、このチダケサシを大量に盗掘しようとした人たちがいました。その場で話し合い、植え戻させましたが、一抱えほども大量に掘り盗っていたのには驚きました。田畑の土手にある野草は何十年も生きますが、作物の周りに生える雑草のようには簡単には生えません。大切に見守りたいと思います。

春の谷戸の様子(2023年5月・会報115号)

 今年の冬は寒かったのですが、3月になってから記録的な暖かさが続き、10日ほど早く季節が進んでいます。桜は3月下旬で満開になり、4月中旬から藤やツツジが咲き始めてしまいました。急激な温度変化は近年の傾向で、春や秋が短くなってきたようです。アカガエルの卵の保護をして3年目になり、成果が出てきました。一時は100個ほどだった卵が今年は290個になり、元の数に回復しつつあります。一方で、ヒキガエルの産卵がほとんどありませんでした。アライグマに親のカエルが捕食されているのか、近年ヒキガエルの減少が著しくなっています。

●田んぼの畦(あぜ)と畔(くろ)

田んぼの畔
オオジシバリ

 畦も畔も同じに思われがちですが、谷戸の田んぼでは、畦と畔を区別します。畔は“くろ”と呼んでいます。幅が広くて通路に使うのが畦、幅が狭くて田んぼの段差を仕切っているのが畔です。畦は歩けますが、畔は崩れやすいのでなるべく歩きません。そのせいで畦と畔では違う植物が育ちます。畦には土手と同じような植物がありますが、畔には田んぼにしかない植物が見られます。夏に畔のふちにびっしり生える緑色のヒデリコや、秋に薄紫色の花を一面に咲かせるミゾカクシなどがあります。また、畔は田植えの前に、水漏れを防ぐため、畔切りと畔塗り(畔つけ)という作業をします。毎年、同じ部分を削ってから泥を塗って作り直すので、そこにも独特の植物が育ちます。春4月頃になると黄色いオオジシバリという花が畔に一面に咲きますが、よく見ると、畔切りと畔塗りをする片側だけに生育しています。畔の両側で植物の種類が変わってくるのです。このように、畦と畔を区別して、畔の手入れを昔ながらに続けていると、田んぼらしい植物が守られていくようです。

 他所にも公園の中で田んぼを続けている場所はありますが、畦と畔が同じ扱いになっていたり、畔が板で囲われたり、畔そのものがなくなってプールのような田んぼになっているところもあります。田んぼを残すだけでなく、昔ながらの農法を継続することが里山の自然のために大切なのでしょう。