生態系から観た、里山の手入れ畑その3(2016年3月・会報72号)

前号と重複する内容ですが、分かりやすくまとめてみました。

①畑の大切さ

【耕して裸地を作る意義】
 里山の中では稀有な環境です。コオロギなど一部の生きものにとって、土がむき出しになっている場所が必要です。モズなど一部の野鳥にはよい餌場になります。

【畑の土作りが独特の生物(草)を育む】
 堆肥や肥料を入れることで、土が肥え、独特の畑雑草を育てます。土壌微生物にも影響していることでしょう。

【堆肥作りの意義】
 堆肥の中で、カブトムシなど多くの昆虫や微生物が育ち、棲家にもなります。

【昔からの農法の大切さ】
 多種の作物を少量ずつ栽培することで、さまざまな状態の畑が併存していることが、生態系を豊かにします。例えば畑の隅に取り残された、菜っ葉や大根が花を咲かせていると、花の少ない時期にチョウなど昆虫が集まってきます。区画整理して機械化された大きな畑では、畑の生きものの存続は難しいでしょう。

②昔ながらの土手の大切さ

【多様な草地がある】
 前号に書いたように、谷戸の畑は、畑の周辺も含め土手があることで、箱庭のように複雑な草地を形成しています。

【貴重種の存在】
 ヤマユリなど美しい花の咲く野草をはじめ、バッタ類やハチ類をはじめ、さまざまな種類の昆虫が棲息できます。谷戸の花が美しいのは、田畑の土手があるからです。

【昔の人の遺産を継承する】
 これらの環境は、おそらく数百年にわたる農作業で、少しずつ作られてきたものと考えられます。別の場所で新たに土手を作って植物を植えても、定着するまでには、長い年月がかかるでしょう。さらにそこに昆虫が棲みつくまでには、もっと長い年月が必要でしょう。今こそ、谷戸の畑の価値を見直して、継承していきましょう。

③谷戸の畑は周囲の環境を豊かにしている

【田んぼや水路の生態系を豊かにする】
 前号で紹介したように、田んぼや水路で生まれたトンボやカエルが畑で育っていきます。また、それらの生きものが周辺の住宅地にまで広がり、庭にトンボが飛んで来たり、池でカエルが産卵しています。

【雑木林との境界(移行帯)】
 畑と雑木林、雑木林と散策路など、環境が変わる “境界 “の部分が複雑であるほど、多くの生きものが暮らせます。公園の広場から、いきなり雑木林(あるいは放任された常緑樹林)に変化するのが、一般的な公園ですが、山崎の谷戸(鎌倉中央公園)のように、田畑や手入れされた雑木林が一部でもあると、この “境界 “の部分が複雑になり、自然が豊かになるのです。散策路や広場から、手入れされた土手、畑を隔てて、林があることが大切なのです。
 当会のようにいろいろな班が、それぞれの立場で活動しながらも「山崎・谷戸の会」として1つにまとまっていることが、公園の中で “谷戸の生態系 “を保全できている理由でしょう。

生態系から観た、里山の手入れ畑その2(2016年1月・会報71号)

④畑を耕している場所

土が露出して草はありませんが、自然界には少ない特殊な環境です。畑の土を耕して堆肥
や肥料を入れることで、本来の自然にはない、新しい生態系が生まれます。畑があることで
里山の自然が豊かになるのです。

⑤畑の雑草も貴重品

 畑の雑草も里山生物の1つです。中でもカラスビシャク、イヌビユなどの雑草は、長年畑を耕した場所にしか見られません。植物育成班で植物調査をすると、カラスビシャクやイヌビユは、畑を耕しているわずかな部分にしかありません。街の中に生える雑草と畑の雑草は、同じものもありますが、谷戸の畑以外では珍しくなった植物もあるのです。田んぼの上の畑には、これらの畑の雑草がよく残されている貴重な場所です。また、近年、ホトケノザが減って、ヒメオドリコソウが増えてきたのも、畑を耕している場所が減ってきたことが原因の1っです。春の七草のナズナも少なくなりましたし、ハハコグサがなくなってしまったのも、畑が減ったせいかもしれません。20~30年前、公園化される前の谷戸は、今より畑がたくさんありました。開園前に比べ、畑の環境が激減しているのです。公園化した谷戸で、里山の環境を守るためには、土を耕し、堆肥を入れていく、従来の農法を続けることが不可欠でしょう。

⑥耕すことが里山の生きものを育てる

 畑を耕すことでミミズが出てきて、モズやムクドリをはじめとした野鳥の餌になったり、ほかの生きものを養うことにもなっています。最近、谷戸にムクドリの群れが来なくなったのも畑が減ったからだと思います。現状では、里山生物にとって畑の面積が不足気味と感じます。さらに、地中に巣を作るハチの仲間やエンマコオロギなど、一部の昆虫にとって、草が生えない畑が生息に欠かせない場所になっています。
 山崎の谷戸に隣接する台峯緑地では、畑を耕すのをやめて数年したら、エンマコオロギが絶滅寸前になってしまいました。広町緑地でも同じ現象を経験しています。毎年、生態系保全班で実施している「夜に鳴く虫の観察会」では、炭焼き小屋の上にある畑や、田んぼの上の畑で、多種類のコオロギ類を観察しており、その中には住宅地周辺では見られない、クマコオロギが多数見つかりました。緑の中に畑のような裸地が点在している景観が、里山の生きものを豊かにしているのです。同じ畑でも、谷戸の畑は “値千金の価値 “があるのです。

生態系から観た、里山の手入れ畑その1(2015年11月・会報70号)

 山崎の谷戸(鎌倉中央公園)は、市内の他の緑地より自然が豊かです。それは田んぼや畑があるからです。林だけの緑地よりも、田んぼ(水辺)や畑(草地)があることでさまざまな生きものが暮らせます。それだけではなく、林、田んぼ、畑が隣接し混在していることで、生きものたちが異なる環境を往来し育っていきます。それが「谷戸」の自然の特徴です。
平地の広い畑にはない、谷戸の畑の素晴らしさとは何でしょうか。

①「谷戸の畑」は生きものの宝庫

 生態系保全班では、毎月、植物やチョウの調査をしていますが、谷戸の中で最も植物やチョウが多いのが畑の環境です。畑に咲くさまざまな花に誘われて周辺の林や田んぼ、湿地からチョウが集まって来ます。土手に咲く野草の花は、何十年も生き続ける宿根草です。寿命が長く毎年咲きますが、容易には殖えません。このような野草が生えているのは、昔から地元の人が土手を刈り続けてきた賜物です。野草が咲いている周辺の環境も含めて、谷戸の畑を受け継いだことが景観や生きものの保全にっながっています。谷戸の地形や土地の農文化がもたらした「谷戸の畑」の生態系は、平地の広い畑や家庭菜園では代替することができないのです。

②田んぼの生きものは畑で育つ

 畑でカメの卵が見つかったことがありました。すぐ下の田んぼからカメが上がってきて産卵したのでしょう。シオカラトンボも畑で育ちます。田んぼで生まれたあと、産卵ができるようになるまでは、畑の周辺で餌を食べることに専念して、体を成熟させているそうです。畑で見かけるシオカラトンボ(♂)は、まだ青くない未熟(若い)個体がほとんどです。また田んぼにいる熟年?のシオカラトンボも、餌を取ったり、休むときは田んぼから離れて畑や湿地などに行きます。カエルは、普段は林の中に棲んでいますが、オタマジャクシからカエルになったばかりの頃は、田んぼ周辺の草むらや畑で育ってから、林の中に移って行くようです。このように田んぼ(水辺)と林の中間に畑(草地)があることで、畑以外の多くの生きものが畑を利用するのです。

③畑を耕すことが生きものを守る

 意外なことに、畑の土がむき出しになっていること(裸地)が、生きものを豊かにしています。原始林のような自然の中では畑のような裸地はとても少ないものです。生息や営巣のために裸地が必要なコオロギ、バッタ、一部のハチの仲間にとって、畑は貴重な環境になっているのでしょう。また、それらを餌にする野鳥も増えます。モズやホオジロなどは、林だけでは生きられない野鳥です。山崎の調査で、行動圏の中に畑を含む場合と、湿地だけの場合を比較したところ、モズやホオジロの密度が3倍くらい違っていました。つまり畑があれば、狭い場所でもモズやホオジロが暮らせるようになるということです。文字通り、畑にしがみつくように暮らしている生きものがいるのです。

 次回は畑の環境(農作業)と生きものについて詳しく紹介します。

生態系から観た、里山の手入れ水路その3(2015年9月・会報69号)

①生態系保全班で行っている手入れの方法

ししいしの下の水路
 子どもたちが川に入って遊んでいる場所です。小石や砂が多いので、池から流れてきたタニシやシジミなど貝類が多く見つかるのが特徴です。手入れは特に必要ありません。

ししいしの上流の水路
 公園の整備で護岸工事をした場所です。子どもたちは下りることができません。数年前の台風で山が崩れたため、川底には大小の石があります。ゲンジボタルやホトケドジョウ、トンボの幼虫が生息しています。木の枝が伸びて水面が見えなくなってしまうので、2年に1回くらい枝払いをしています。

小段谷戸の水路
 進入禁止の場所なので、子どもたちは入れません。ゲンジボタルやトンボの幼虫など貴重種が多い水路で、園内の水生生物の保護区の役割を担っています。奥の水路は木の枝やササで覆われることがあるので数年に一度、枝払いやササを刈っています。また田んぼ沿いの水路は幅が狭いので台風の時などは水があふれて田んぼに流れ込むことがあります。水路の掘削など氾濫防止の作業が毎年必要なようです。

野外体験広場北の水路
 子どもたちが遊びに来る場所で、体験学習の足洗い場としても利用されています。オタマジャクシなど田んぼから流れてきた生きものが見つかります。水路に草が生えたり、ササが覆いかぶさってくるので、水路周辺の草刈りやツル、ササを刈る作業を年に2回くらい実施する必要があります。毎年、青空自主保育の保全作業や保育士講座の体験作業などで手入れをしてもらっています。

野外体験広場南の水路
 水路の周囲に草むらを残しているので、一部を除いては近寄り難くなっており、保護されています。小段谷戸から流れてくる水路で、ホトケドジョウやカワトンボの幼虫など貴重な生きものが多い水路です。大雨が降るとあふれることがあるので、数年に一度水路を掘削しています。また、生物保護の観点から、流速を弱めるために落差工(水路に丸太などを入れて小さなダムを築くこと)を設置しています。

東谷沖(本田~梅林)の水路
 東谷沖(谷戸の奥)の道沿いの水路です。草で覆われているので子どもたちは入りません。水量が少なく泥底ですが、ヘイケボタルやホトケドジョウ、トンボの幼虫など貴重種が多く、水生生物の保護区になっています。最近はゲンジボタルも増えてきました。水量が少ないため、夏になると草が生えて水路が塞がってしまいます。毎年1回は、周辺の草刈りと水路に生えた草を抜くことで、水路の環境を維持しています。また、専門家のアドバイスにより、数年前から水路の一部を分流し、道沿いから離れた位置に移動させようとしていますが、あまりうまくいきません。

 開園以来、水路の環境はそれほど大きな変化はないようです。安全と生物の保護、そして子どもたちが遊べるような、水路の維持管理を考えています。

生態系から観た、里山の手入れ水路その2(2015年7月・会報68号)

③谷戸の水路の手入れと生きもの

 昔から行われている谷戸の水路の手入れに生態系保全の考え方を加えることで、狭い面積の “都市型の里山 “でも貴重な生きものを守ることができます。

 水路の草刈り水路が草木で覆われないよう草刈りをすると、水面が露出するのでトンボなどが集まって産卵できるようになります。水路が明るくなると、珪藻(けいそう)などの植物プランクトンが増え、それを餌にする貝類をはじめ生きものが増えます。

 水路の掃除や泥上げ大雨のときに川の氾濫を防いだり、田んぼに使う水を確保するために、流れを妨げる枝葉を掃除したり、泥上げをすることがあります。流量が少ない水路の場合、放任すると水路が湿地のようになってしまうことがあり、いつの間にか水路の生きものが棲めなくなってしまうこともあります。流路を保全し、水路の深さを確保することで、生きものが棲みやすくなります

④水路の手入れで気を付けたいこと

 昔のように広い面積がない、現在の山崎の谷戸では、生きものへの配慮をしながら、昔ながらの作業を継続することが大切です。特に水路は狭い場所なので、わずかな配慮の有無が影響します。

 生態系保全から見た水路の草刈り草刈りをする場合は、全面を刈らずに所々草や木を残し、日陰(明るい日陰)になる部分も確保します。水路の日照を確保すると言っても、木漏れ日が入る、明るい日陰の状態が理想です。つまり、水路に覆いかぶさった草やササは切る必要がありますが、大きな樹木が作る日陰は問題ありません。むしろ草が生えにくくなって、水路の環境が安定するようです。

 生態系保全から見た水路の掃除や泥上げ水路にたまった枝葉の部分に、たくさんの生きものが暮らしています。必要のないときは掃除を控えめにした方がよいと思います。掃除をした枝葉や泥は、水路沿いに置いてやると、ゴミや泥の中にいる生物が脱出できます。冬季に水路を掘り下げたり、掃除をすると枝葉や泥の中にいる生きものが凍死してしまいます。

 狭い場所に貴重種がひしめきあって暮らしているのが谷戸の水路です。わずか数メートルで水路の環境が変化するので、手入れの考え方も変えた方が丁寧な対応ができます。

次回は、生態系保全班で実際に行っている手入れの方法を、場所別に紹介します。

生態系から観た、里山の手入れ水路その1(2015年5月・会報67号)

①谷戸の水路はなぜ大切か?

 斜面に降った雨が谷底に浸み出す(絞り水)ので、谷戸には水路が必ずあります。林、田畑、湿地(休耕田跡地)とともに、水路は谷戸の生態系に欠かせない存在です。街中を流れる川と谷戸の水路はどこが違うのでしょうか?

1.真夏でも水温が25度以下で、真冬も10度以下に下がらない場所があります。
2.水量が安定していて洪水にはなりにくいです。
3.ゲンジボタルをはじめ、貝類やトンボ類など、神奈川県では希少になった水生生物が多数生息しています。
4.谷戸の水路は川の源流であり、谷戸で増えた生物が下流に広がる移動経路として重要です。
5.鎌倉市内では、ゲンジボタルが谷戸の下流の住宅地の川で増えている地域もあります。
6.鎌倉の川は、中流から河口にかけては、コイの放流のために生物が少ない状況です。また、コンクリートの護岸で囲まれており、子どもたちが川に入って遊べる場所がありません。谷戸の水路は水辺の環境として大切です。

②谷戸の水路の現状

水量と流速(目視で流れが確認できるかどうか)、川底の状態(泥、砂、岩盤)、川岸の環境(草の茂り方)などの違いが、水路の生物に影響を与えています。山崎の谷戸の事例を挙げてみます。

ししいし周辺の水路:
 川底が砂や小石なので、マシジミが生息できる貴重な場所です。深さがあるので、子どもの川遊びや足洗い場としても適しています。

農家風休憩舎~ししいしの水路:
 下流側は護岸工事がされましたが、ゲンジボタルが復活しました。上流側には淵のような場所があり、ホトケドジョウの稚魚が多く見つかります。かつてはここでツチガエルが産卵していました。川底に岩盤が露出している区間もあります。

野外生活体験広場北側の水路:
 田んぼの下流にある水路です。田んぼから流れてきた生物、特にオタマジャクシが見つかるので、子どもたちの自然体験の場になっています。

野外生活体験広場南側の水路:
 小段谷戸の下流部の水路です。夏~秋は草むらに囲まれているので、あまり人が入らず保護されています。ホトケドジョウやトンボの幼虫など貴重な生物が多いです。

小段谷戸の水路:
 ほとんど人が入らないため、保護区のような状態になっています。ゲンジボタルが多く見られる水路です。

梅林~田んぼの水路:
 水量が少なく湿地の草が茂っているので、水路か湿地か分からないので、人は近づきません。ホトケドジョウなど貴重な生物が多く、最近はゲンジボタルやヘイケボタルが増えてきました。

次回は、水路の保全について考えてみます。