生態系から観た、里山の手入れの基本湿地その2(2015年3月・会報66号)

①湿地の重要性と手入れ

 現代の「都市型の里山」で大切なのが湿地です。湿地を利用すれば、カエルなど田んぼと同じような生物を守れ、ハンノキやツリフネソウなど湿地ならではの植物も生育できます。首都圏では湿地が希少になっており、鎌倉市内では3ケ所残っているだけです。昔ながらの里山の手入れに、湿地は含まれていないので、新たに模索しなければなりません。

②湿地の3段階

アシが多い場所:
 田んぼをやめて数年たつとアシが生えてきます。水分が多く、掘ると水が溜まることがあります。長靴でないと入れません。ガマのほか、セリ、ミゾソバやツリフネソウ、ツルマメなどが生えます。カエルやトンボ、ヘイケボタルなど、工夫すれば田んぼと同じ生物が生息可能です。キンヒバリやヒメギスなど湿地の昆虫も見られます。生態系としては、手入れされた田んぼとアシ原が混在している状態が理想でしょう。放任しているとヘドロが溜まってくるので、時々 “湿地復元作業 “で泥を撹拝するとよいようです。山崎の谷戸の湿地の半分以上がこの状態です。

オギ(ススキによく似ている)が多い場所:
 アシ原が乾燥するとオギが生えてきます。掘っても水は溜まりません。靴で入れますが汚れます。冬季に野鳥の生息地になるほか、カヤネズミ(日本最少のネズミで県の絶滅危惧種)の生息地になっています。乾燥が進むとオギのほか、カナムグラやササ、セイタカアワダチソウも生えてきます。放任していると湿地ではなくなるので、春~秋にササやカナムグラを除去する、冬に枯れたオギを刈り込んで掃除するなどの手入れが必要になってきます。山崎の谷戸の湿地の4割ぐらいがこの状態と思われます。

ササが多い場所:
 オギ原を放任しているとササが優勢になってきます。畔の跡地などでは早い段階で、ササが生えてくることがあります。ササで覆われるともはや湿地とは言えません。クロマドホタルという陸生のホタル、エゾツユムシというキリギリスが生息したり、野鳥の営巣地になる場合がありますが、部分的に残す程度で、それ以上広がらないように、刈ってしまった方がよいでしょう。山崎の谷戸では畔の跡地は部分的に見られる程度ですが、隣接する台峯緑地では3割くらいがこの状態です。田んぼを放棄した時期が山崎の谷戸より早く、50年以上経っているためでしょう。

③季節別の手入れと経過観察(モニタリング)

 今まで生態系保全班で実践してきた作業とモニタリングの方法です。何年も続けているもの、最近始めたものなどさまざまですが、よりよい方法を模索したいと思います。

冬期:
 畔の下を少し掘って、カエルの産卵する場所を作ります。畔の木に絡んだツル(フジなど)を切ったり、ササを刈ります。オギ原では枯れたオギを刈り、枯草を掃除すると、翌年の湿地のオギの生育がよくなります。この作業が、カヤネズミを増やすためにも役立つようです。モニタリング調査として、野鳥が湿地を利用する場所を確認したり、早春にはモズの営巣場所の確認やカエルの産卵調査をしています。

春~夏:
 水が溜まっている場所では、湿地復元作業をします。泥を撹拝したり、適度に植物を抜くことで、ヘドロの蓄積を抑え、トンボが産卵しやすくなる効果があります。オギ原ではカナムグラやクズなどの除去作業をします。アシやオギはこの時期は刈らない方がよさそうです。モニタリング調査として湿地内でのヘイケボタルの発生地点を調べます。

秋:
 オギの開花状況と生育を見て、冬季の作業の夢果を確認します。湿地の植物の分布を調査して、湿地保全作業の評価をします。カヤネズミの巣の増減を調査してオギの生育との関連を確認します。

生態系から観た、里山の手入れの基本湿地その1(2015年1月・会報65号)

①湿地が大切?

 山崎の谷戸にはアシやセリが生えた湿地があります。田んぼが荒れて湿地になったのですが、貴重な生物の生息地になっています。山崎の谷戸をはじめ、台峯や広町緑地が大切なのは、鎌倉市内には残り少ない湿地の生態系が残っているからです。湿地を放任しているとヤブが増え、やがて森林に戻っていくと思われます。今まで湿地は生きものの保護区として放任される傾向にありましたが、里山の生態系を豊かに保つためには湿地を維持する手入れが必要と感じています。

②湿地の現状

 かつて稲が植えられていた所は、セリ、アシ、ミゾソバなど湿地の植物が生えていますが、水分の多少で植生が違います。畔だった所は乾燥しているので木が生え、ツルが絡んだり、ササが生えたりヤブになっています。畔の段差の所に浅い水たまりができたり、水路ができている場合もあります。湿地の両脇、あるいは片側に水路があります。

③畔だった場所の保全

 放任していると、畔に茂ったツルやササが湿地全体に広がっていく傾向があります。ハゼやクワ、ミズキなど大きな木が生えてきますが、湿地の日照の妨げや乾燥化につながります。管理方法としては、ウツギなどの低木を少し残し(次項の湿地の水たまりの保全と関連)、ツル(フジ、クズなど)やササは切った方がよいと思います。大きな木は全部切りたいところですが、「公園化された都市型の里山」では野鳥や獣類の隠れ場所に配慮する必要もあるので、少し残した方がよいようです。

④畔の段差の水たまり

 湿地の中で、植物が生えず水が光っている部分があります。畔の段差から水が染み出ており、上に木の枝が被さって日陰になっているので植物が生えないのです。このような場所はヘイケボタルやシオカラトンボ類の生息地になっています。生態系としては「疑似田んぼ」のような役割を担っています。放任していると、被さっている木やササが茂りすぎて、水面に光が入らなくなることがあります。このような状態ではトンボも産卵に来ませんし、ヘイケボタルの食料となる貝や小動物が育ちにくくなると思われます。しかし、湿地に被さっている枝を全部切って、急に明るくすると、湿地に植物が侵入して、水面を覆ってしまいます。このような場合、ヘイケボタルがほとんどいなくなってしまう事例も見ています。またホタルの専門家からも、そのような指導を受けました。被さっている木の枝を一度に切らず、間引くなど、湿地の段差の水たまりは注意深く管理しなければなりません。

生態系から観た、雑木林の手入れの基本その7(2014年11月・会報64号)

⑯生態系から考えた草刈りの方法

 畑や田んぼの土手は、原則として従来の里山の手入れ方法と変わりありませんが、山崎の谷戸の現場を例にしてみました。

なぜ土手を刈るのか
 土手の草は抜かずに刈ることが原則です。刈ることで、草の根が張り、土手の土を押さえてくれます。ワレモコウなど里山で美しい花を咲かせる野草は、刈られることに耐性を持った種類が多く、人間に刈られることで選択的に生き延びてきた植物なのです。

※土手の基本になっているのは、丈の低いササかチガヤです(部分的にはリュウノヒゲなど人が植えたものもあります)。これらがカーペットのように広がり、土を押さえています。ササやチガヤなど基本になる植物の間に、ちらほらと花を咲かせる野草が混じっています。

いつごろ刈るのか
 梅雨の頃(6月~7月中旬)に1~2回刈り、冬に1回刈って、落ち葉などを除きます。梅雨時の草刈りは最も大切で欠かせません。この時期はヤマユリ、チダケサシなど梅雨時に咲く野草を除いて、全部刈り込んでも秋までに再生して咲きます。間違って貴重な種類を刈っても根は残っているので大丈夫です。ツリガネニンジン、ワレモコウなどは早めに6月中に刈っておくと、秋に大きな株になって咲きます。トリカブトなどは刈らずに残すとみごとに咲きます。8月半ば~秋に刈ると、秋の野草はあまり咲きませんが、野草の株自体は生き残ります。8月~9月に土手の草が茂って困る場合、花の咲く野草を選択的に残しながら刈ります。例えば、本田近くの畑の土手などカラムシが多い場所は、8月~9月にも刈る必要があります。また、チガヤの多い土手は、8~9月にチガヤが茂っても、貴重な昆虫(ショウリョウバッタモドキ)の生息地になっているので、山崎の谷戸の場合は刈り残す配慮が望ましいことが分かってきました。

※刈りすぎる(月に1回以上)と、チガヤやササなど土手を押さえているべ一スになっている植物が枯れてしまい、土手が崩れやすくなる(例、小段谷戸の道路よりの土手)

※刈り込みが不足するとクズなどのツル草が増えてしまう(例、炭焼き小屋周辺など)
雑木林と隣接する土手畑の土手と同じように刈りますが、炭焼き小屋裏の雑木林との境目には、ヤマツツジ、シモツケなど貴重な低木やエビネ、シュンランなど貴重な野草があるので、これらを刈らない配慮が必要です。事前にひもで囲って目印をつけておく準備が必要でしょう。

落ち葉掃きの大切さ
 上記のように梅雨時の草刈りを主体にすると、冬も枯草が土手に目立つようになります。このままでは、春に咲くスミレなどは育ちにくいので、冬に刈った方がよいでしょう。また、土手に積もった枯草を堆肥の材料として集めることで、土手の土がやせて、野草の種が発芽しやすくなり、ツル草の繁茂を抑制することができると思われます。

生態系から観た、雑木林の手入れの基本その6(2014年9月・会報63号)

⑮谷戸の環境別にツルの切り方を考える

 生態系保全班が考える手入れの仕方をまとめてみました。異論もあるかもしれませんが、参考にしていただければと思います。

畑や田んぼの土手
 年に2~3回は刈る場所です。ツル植物は草刈りに弱いのでほとんど生えません。ただし手を抜くとクズやカナムグラが生えてくることがあります。クズの根は何年も残りますし、カナムグラは一度でも種を散らすと何年も発芽し続けるので厄介です。根を抜いて駆除しましょう。数少ない草刈りに強いツル植物として、センニンソウがあります。8月の終わりから9Aにかけて土手に真っ白な花を一面に咲かせる様子はとても目立ちます。クズやカナムグラのように暴走する植物ではないので、梅雨時に土手の草刈りをする際、土手の隅に数本残しておけば花を楽しむことができるでしょう。

散策路沿いなど林縁(林の辺縁部のこと)
 多種類のツル植物が生える環境です。クズやカナムグラなどが生えてきた場合は切った方がよいですが、さまざまなツル植物が少しずつ生えている場合は、それほど気にする必要はないでしょう。ある程度ツル植物が残っている方が生態的に豊かな環境になります。

林の中
 フジやキヅタ、テイカカズラなど、よく目立つ太いツルを切りたくなりますが、数年かかって大きく成長したツル植物はたくさんの花や実をつけるので、野鳥や昆虫に役立っている場合が多く、ある程度残した方がよいと考えています。ただし、芽生えて間もない若いツル植物は、放任していると際限なく増えて地面を覆い、次々に木に巻き付いてくるので駆除に努め、ツル植物があまり増えないようにすることが大切と感じています。

畔跡地や湿地の周辺部
 クズ、フジ、カナムグラなどツル植物が生えて、湿地(休耕田の跡地)に侵入していくことが多く、放置していると湿地がツルに覆われて、湿地の植物が失われてしまいます。谷戸の環境ではこのような状況がよく見られますので、毎年駆除を続けていく努力が必要です。現在の湿地は昔は荒地と呼ばれましたが、生態系保全という新しい考え方では、湿地の環境が評価されるようになってきました。特に鎌倉のように狭い里山ではなおさらです。湿地の保全は公園化した里山ならではの作業と言えるでしょう。

生態系から観た、雑木林の手入れの基本 その5(2014年7月・会報62号)

⑬コントロールが必要なツル植物

 山崎の谷戸のように里山が公園化すると、散策路沿いの植物を楽しみに歩く人が増えます。草刈りの仕方を工夫するとさまざまな植物が楽しめるでしょう。草が茂ってきたら機械で全部刈るのが一般的ですが、将来暴れそうな植物(ササ、アオキ、ツルなど)を事前に刈ることで、さまざまな植物を残すことができます。草が茂りすぎると言っても、原因は数種類の植物のみと言っても過言ではありません。中でも、ツル植物は成長が早く、他の植物をおおってしまうので要注意です。注意すべきツル植物を挙げてみます。

クズ
 工事や崖崩れの後に生えてくるので、自然界の「かさぶた」のような役をしていると言われています。草刈りしないで長い年月経つと生えてくる場合もあります。原因が後者の場合は見つけ次第刈った方がよいと思います。

フジ
 木に巻き付いて枯らすこともありますが、むしろ、畔跡地などに、際限なく発芽して増えてくることが問題です。新しく生えてきたフジは刈るべきでしょう。

カナムグラ
 近年、湿地や斜面に急激に増えています。実が野鳥の餌になるなどよい点もありますが、際限なく増えるので要注意です。

トキワツユクサ
 半ツル性の外来植物で、地面を一面に覆ってしまうため、緑地によっては増え過ぎて問題になっています。残さい置き場など腐葉土が溜まり過ぎると生えてくるようです。山崎の谷戸では疎林広場の斜面の残さい置き場に増えています。

⑭その他、用心したいツル

ヤブガラシとトコロ
 かなり伸びるツル草ですが、クズやカナムグラほどには影響を与えません。昆虫には役立つ植物なので、適度に刈るとよいでしょう。

テイカカズラとキヅタ
 雑木林の木に必ず巻き付いています。テイカカヅラの花は美しくよい香りがします。キヅタの実は野鳥の食糧として役立っています。しかし、ツルが木のように固くなり年々太くなりますので、木を枯らす場合もあります。また下草刈りの後、一斉に発芽して地面を覆ってしまうことがあります。

ノブドウとエビヅル
 散策路沿いの木によく絡んでいます。ノブドウの実は美しく、エビヅルの実は食べられます。ツルが木のように固くなり年々太くなりますので、木を枯らす場合もあります。

アケビの仲間
 三種類ほどありますが、同じような性質です。実は食べられますが、ツルが木のように固くなり年々太くなりますので、木を枯らす場合もあります。

危険なツタウルシ
 杉林に絡んでいるツルで、三枚の葉がきれいに紅葉します。杉林の奥に生えているので、触れる機会は少ないですが、ウルシの仲間なのでさわるとかぶれます。

生態系から観た、雑木林の手入れの基本 その4(2014年5月・会報61号)

⑪ツルの功罪

 「連休に山崎の谷戸に来たら山のフジが綺麗で感動した」そんな話を聞いて、思わず絶句してしまいました。里山管理の立場からするとフジの花は荒れた里山の象徴だからです。しかし、長年の放置の結果フジが育って花がみごとになり、都会人が喜ぶのも事実です。新しい里山景観ができつつあるのです。

⑫ツルは木を枯らすのか?

 ツルがびっしりとからんだ木をよく見かけますが、必ずしもすべての木が枯れるわけではありません。むしろ枯れる木の方が少ないくらいです。山崎の谷戸の隣接地で、フジの花の調査をした際に、太いフジにからまれた木を調べてみましたが、完全に枯れている木は見つかりませんでした。市内の佐助稲荷という神社には,スギやケヤキ、ムクノキの大木が多数ありますが、30年近く観察してもツルが原因で枯れた木はないようです。ツルを放任すると次々に木が枯れるという話を耳にしますが、大木に絡んだツルに関しては余裕をもって考えてもよいと感じます。

⑬切るべきツルと残したいツル

 生態系から観たツル植物の問題は、木を枯らすということではなく、自然のバランスを崩しやすい点にあります。伐採や湿地の乾燥化など、環境の変化が起こるとツル植物が急激に増えて他の植物が減ってしまいます。このような現象は一時的なものだとも言われますが、実際にはその状態が20年以上も続いている例を確認しているので、鎌倉のような都市近郊の狭い里山では駆除していくべきと考えます。例えば、野草が増えることを期待して雑木林の下草を刈ると、キヅタなどツル植物が一斉に発芽して地面を覆ってしまい、野草などが生えない場合があります。このような場合はツル植物を駆除すべきでしょう。一方で、大木に絡んだ太いツルは花や実をつけて生態系の一部を担っているので、むやみに切らずに残す配慮も望まれます。かつて1970年代は原生林が貴重とされ、ツル植物を切らないことが自然保護になるという学説が流布しました。里山の荒廃が進んだ1980年代以降は里山が見直され、ツルを切ることが自然保護と言われるようになり現在に至りました。これからは、前者は生態系を重視した発想ですが、後者は農林業の考え方が主であることを理解して、生態系と農林業の双方の視点から里山を見つめることが大切ではないでしょうか。特に鎌倉のような都市近郊の里山では、狭い面積で多くの生物を守らなければなりませんので、きめ細かい対応が不可欠になります。今回は雑木林のツルについて書いてみましたが、次回はクズなど道沿いに生えてくるツルについて考えます。