春のチョウと谷戸の畑 (2020年3月・会報96号)

スジグロシロチョウ

 3月の暖かい日、キチョウ、キタテハなど、冬を越したチョウが飛び始めます。冬の間はどこにいたのでしょうか?谷戸で越冬するチョウは7~8種類もいます。3月下旬になると、ベニシジミ、モンシロチョウなど、春のチョウが羽化(サナギからチョウになること)してきます。菜の花に集まるチョウは春のイメージです。でも畑が少なくなった鎌倉では、そんな風景はめずらしくなりました。谷戸の畑には、菜の花(取り残されたりしたアブラナ科の作物)が咲くので、春らしい情景が見られます。生態系保全班では毎月チョウの調査を続けていますが、最も多くチョウが見られるのは畑の周辺です。少し手入れが行きとどかない畑の方が、生態系を豊かにしているようです。案外知られていないことですが、谷戸(鎌倉)ではモンシロチョウが少ないのです。モンシロチョウと思われているチョウのほとんどは、スジグロシロチョウ(筋黒白チョウ)です。モンシロチョウの幼虫はキャベツなど畑の作物で育つといわれています。一方、スジグロシロチョウの幼虫が育つのは、道端などに生えるイヌガラシという野草です。広々とした畑が少ない近年の鎌倉ではモンシロチョウが少なくなっているのかもしれません。谷戸で忘れてはならないチョウに、ツマキチョウが挙げられます。オスは翅の隅が黄色いのでツマキチョウと呼ばれているのでしょう。白いチョウなのでモンシロチョウだと間違えている人が大半ではないでしょうか。タネツケバナという湿地の野草に産卵するチョウなので、山のハイキングコースや住宅街では見られません。田んぼや湿地がある谷戸ならではのチョウと言えるでしょう。谷戸には様々なチョウが生息しています。四季折々のチョウと谷戸の環境を次号以降ご紹介したいと思います。

谷戸の様子
 成虫で越冬する珍しいトンボ(糸トンボ)、ホソミオツネントンボ(細身越年トンボ)を谷戸の畑で見ました。水辺から離れた場所で冬を越すのでしょうか。例年2月に産卵するアカガエルが1月下旬から産卵を始めました。気温の上昇と雨が重なるタイミングで産卵するようです。毎年2月になると、野鳥の食料が不足してくるせいか、思わぬ野鳥が谷戸に現れます。普段は柏尾川にいるカワウが池で餌を採っています。また、谷戸では滅多に見られないホシハジロ(頭が赤茶色で美しいカモの一種)も来ています。カワセミやコサギ(白いサギ)の姿も良く見ます。

生態系から観た里山の手入れ 谷戸のネズミ(2020年1月・会報95号)

●謎の多い鎌倉のネズミ 今年は子年、ネズミは身近な動物の代表だったのに、近年は、見かける機会が少なくなっています。実際、鎌倉にどんなネズミがいるのか、よく分っていません。2003年に鎌倉市内の生きもの調査をした時に、最も困ったのがネズミの情報がないことでした。トラップを使った捕獲調査をしましたが、充分な情報が得られなかったようです。とくに畑にいるはずのハタネズミが確認できなったのは意外でした。鎌倉では田畑の環境が少なくなっていることを考えさせられました。

●家のネズミ、里山のネズミ、森のネズミ 物置などでいたずらをする、クマネズミ、ハツカネズミ、側溝や川で見かけるトブネズミなど家周辺のネズミに対し、谷戸では、オギ原に住むカヤネズミ、畑にいるかもしれないハタネズミが里山のネズミといえます。また雑木林にはアカネズミが生息しており、樹上に棲むヒメネズミがいる可能性もあります。

●森のネズミ 赤ネズミ 名前のように赤茶色をしたネズミです。コナラなどの根元に穴を掘って巣を作り、地上を歩きまわってドングリなどを集めて食べるようです。谷戸では、動物撮影用の自動カメラに、アカネズミが写っていたこともありました。

●ネズミの役割 ネズミはカエルと同じように、ほかの生きものを支える重要な役割を担っています。フクロウやノスリ(タカの一種)はタイワンリス(外来種)を食べていますが、本来の餌はネズミです。かつて鎌倉にはキツネが多く生息していましたが、昭和30年代に姿を消したのは里山のネズミの減少が原因の一つなのでしょう。

●冬の湿地で鳴く声は? 谷戸でネズミを見る機会は少ないのですが、湿地で「ジュッ、ジュッ」とささやくような鳴く声を聞くことがあります。野鳥と違い、足元から聞こえてくるのでネズミと分かります。カヤネズミの声でしょうか? 

●里山のネズミを守る 谷戸は、県内では数少なくなったカヤネズミの生息地の一つです。カヤぶき屋根や家畜の飼料として重要だった、オギやススキの草原と共に暮らしてきた生物なのでしょう。アカネズミは、地上を歩き回るので、下草がまばらな落ち葉かきがしやすい雑木林の方が棲みやすいと想像されます。田畑を維持することはもちろん、草や落ち葉など自然から出る物質を上手に利用するための活動、草刈や堆肥作りなどが、すべての里山の生きものと共存することにつながるのでしょう。

生態系から観た里山の手入れ 谷戸のノウサギ (2019年11月・会報94号)

●ノウサギは柴犬? 冬の早朝、谷戸は霜で真っ白になっています。湿地の中に柴犬が! と思ったらノウサギだった!そんな経験を何度かしています。大きい、耳が短い、茶色い、案外ゆっくり動く、普通のウサギと違うノウサギの特徴です。タイワンリス以外の獣は夜行性なので谷戸で見かける機会は少ないのですが、ノウサギを見た人は特に少ないでしょう。

●ノウサギを探す 姿はなかなか見られませんが、フン、足跡、食痕(植物を食べた跡)からノウサギの存在を確かめることができます。ノウサギの足跡は特徴的なので、雪の降った後なら誰でも足跡を見つけることができます。田んぼの泥に足跡が残っていることもあります。ササの葉、セリなど植物を食べています。ササの葉先が斜めに鋭く切断されたような食痕や、早春、セリの葉先が噛み切られてたくさん食べられている様子も観察できます。また、谷戸の湿地の中を歩くと丸い粒のようなフンがたくさん落ちています。20年ほど前までは、足跡やフンなどノウサギの活動の跡が普通に見られたものですが、最近はほとんど見つからなくなってしまいました。

●減少しているノウサギ 本来、市内全域にいたはずのノウサギですが、谷戸と同じような環境である、台峯緑地、広町緑地でも20年ほど前を境に激減しています。その原因として、①畑とその周辺の草地が少なくなった? ②人やペットが入り込むようになっておびえている? ③外来種のアライグマなどの影響? などが考えられます。①に関しては、20年前すでに畑は減少していましたし、谷戸では現在でも畑を継続しています。②に関しては、人が入らない台峯緑地でも減少しています。③に関しては、よくわかりませんが、20年ほど前からアライグマが増えてきたので、おそわれているのかもしれません。

●ノウサギを守るには? うっそうとした林ではなく、畑の周辺のような草地がないとノウサギは生息できません。田畑と明るい雑木林がある里山の環境を守ることが必要でしょう。以前、ノウサギのフンが最も多かったのは、東谷沖の湿地でした。人通りが少ない谷戸の奥にある湿地も大切なことがわかります。最近はアライグマの駆除が全市内で進んだので、減少傾向にあるようです。情報が少ない鎌倉のノウサギですが、今の活動を続けて、長い視点で見守りたいと思います。

生態系から観た里山の手入れ 谷戸のカメ (2019年9月・会報93号)

●谷戸のカメは3種類  田んぼに棲みついているクサガメ、管理棟の近くの池にいるミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)、お隣の台峯緑地の「谷戸の池」でわずかながら記録されているイシガメの3種類がいます。ミドリガメはペットで輸入されたものが野生化して問題になっています。最近、クサガメは江戸時代以降に日本に広がったという説が有力で、日本古来の種はイシガメではないかといわれています。

●田んぼの人気者 クサガメ  野生のカメを見たことがある人は少ないと思います。神社や池のカメは放されたものが多いので、鎌倉で野生のカメが見られるのは谷戸だけではないでしょうか。田んぼの作業中にクサガメを見つけて感激した人もいるでしょう。田んぼの泥に幅広い溝ができていたらクサガメの歩いた跡です。昼間は泥の中にもぐっているようですが、夕方、薄暗くなると、田んぼに首を突っ込みながら歩き回り、餌を探している様子を見かけることがあります。警戒心が強く、カメとは思えない素早い動きで泥にもぐって隠れます。

●野生化したミドリガメの脅威  ペットとしてアメリカから輸入されたミドリガメは、ミシシッピアカミミガメの子どもです。肉食性が強いそうで、クサガメなどの子どもを食べてしまい、他のカメと共存してくれないようです。管理棟の近くの池はもちろん、市内の八幡宮の池でも、ミドリガメばかりが増えてしまいました。八幡宮では池の掃除の時、駆除したそうです。田んぼ近くでも時々見つかりますが、見つけ次第捕獲することが必要です。

●田んぼと畑を往来するクサガメ  田んぼで暮らしているクサガメは、畑で卵を産んでいることがわかってきました。カメのためにも、田んぼだけではなく、田んぼを取り巻く畑や草地の維持が大切なことがわかります。各班の活動が知らず知らずのうちに谷戸の生きものを育んでいるのです。