早春に向かって(2013年3月・会報54号)

 今まで、鎌倉に雪が降るのは、冬型の気圧配置がくずれる早春が主でした。今年のように真冬に
雪が多いのは温暖化の兆しでしょうか。アカガエルの産卵や春の野草の開花が遅れていますが、野鳥の繁殖の兆しは例年通りです。2月に入ってエナガ、トビ、モズなど繁殖の早い野鳥が求愛行動
を始め、3月になれば、シジュウカラやヤマガラ、ウグイスが鳴き始め、巣作りを開始します。野鳥の場合、気温よりも日の長さが、繁殖活動に関係しているようです。

雑木林(落葉樹)と原生林(常緑樹)

 あれ?と思うかもしれませんが本当です。手入れをされずに荒れた雑木林では、シイやタブなどの常緑樹だけでなく、ミズキ、イヌシデ、ハゼ、アカメガシワ、カラスザンショウなど、昔はほとんど見かけなかった落葉樹が増えています。昔の雑木林では、クヌギ、コナラ、ヤマザクラなど役に立つ数種類の落葉樹だけが残され、その他の樹木や下草は刈られていたようです。つまり、雑木林の手入れがされなくなったから、樹木の種類が増え樹木が大きく育ち、自然が豊かになった面もあるのです。実際、30年ほど前にくらべると、紅葉がきれいになりキツツキ類など森林性の野鳥の種類が増えました。一方で、みなさんがご存知のように、樹木が大きくなりすぎ山崩れが起きやすくなった、樹木が茂りすぎて薄暗くなり野草が減った、大木の林ばかりになり、若い林や疎らな林を好む昆虫や野鳥が減った、昔からあるクヌギやヤマザクラの後継樹が育たなくなったなどの問題が山積しています。ミズキ、イヌシデ、ハゼ、アカメガシワ、カラスザンショウなど新しく増えてきた落葉樹は、野鳥が好む木の実を稔らせ、昆虫が集まるなど、生態系を豊かにしています。しかしこれらの落葉樹は樹形が横に広がり傾きやすいことから、山崩れの原因にもなりやすい樹木です。
 前回、「新しいタイプの雑木林」ができつつあると書きましたが、常緑樹だけでなく、昔はあまりなかった落葉樹の扱いをどうするか考えなければならないでしょう。しかも、「新しいタイプの雑木林」の実態は専門家もほとんど調査していないのです。「新しいタイプの雑木林」のよさを活かしながら、雑木林が荒れすぎないような新しい手入れの方法を市民が考えていかなければなりません。鎌倉のように緑が残り少ない地域では、地形により場所により、雑木林の手入れの仕方を変えるなど細かい配慮が必要でしょう。次回以降それらについても考えていきたいと思います。

今年の冬は鳥が多い(2013年1月・会報53号)

 11月~12月は安定した天気が続くはずなのに、台風並みの強風や大雨など荒れ模様の天気が続きました。昨年の冬は野鳥が異常に少なく心配されましたが、今年は全県的に、越冬しに来る野鳥の数が非常に多いようです。シベリアからやってくるカシラダカという小鳥の群れが50羽以上も小段谷戸の田んぼに来ています。大きな群れが来たのは数年ぶりです。その他、ウソなど普段の冬はなかなか見られない野鳥もよく見かけます

雑木林(落葉樹)と原生林(常緑樹)

 谷戸でよく話題になるのが雑木林の手入れです。さまざまな考え方がありますが、今年は、これだけは知っておきたい基礎的な事柄を連載したいと思います。
 シイやタブなどの常緑樹は「鎮守の森」と呼ばれて大事にされる反面、常緑樹が増えて雑木林が荒れたとも言われます。どういうことなのでしょうか? 神奈川県の低地では、雑木林を手入れしないでいるとシイやタブなど常緑樹が再生してきます。つまり鎮守の森のような原生林に戻っていくわけですが、鎌倉の里山では原生林に戻しても自然が豊かにならないことが分かってきました。実際、シイの木が多い林を観察すると、植物の種類がとても少ないことに気づきます。これは日当たりが悪いだけでなく、関東地方の常緑樹林が数千年前の温暖化で西日本から進出してきた新しい林であるため、シイの木と一緒に生えるような植物がまだ少ないのです。昔から住んでいる地元の人や、自然に触れている市民は常緑樹林に生きものが乏しいことを実感していますが、行政の評価では常緑樹林は原生林に近いので自然度が高いとされています。それは1960年代から70年代に広まった古い学説がそのまま適用されているからです。当時は、乱開発や植林から原生林を守ることが急務とされた時代で、雑木林の荒廃はまだ目立っていなかった時代なのです。当会が取り組んでいる、雑木林や田畑など、多様な生物を育む自然度の高い里山の保全は80年代以降に広まった新しい考え方ですが、自然保護をしている人の中にも未だに発想の転換ができない人もいるのです。一般の人たちには、山奥の原生林と里山の雑木林の保全の在り方が同じように考えられ混乱しているのでしょう。今、雑木林が放任されて約半世紀になります。昔の里山からは想像できなかった新しいタイプの林になりつつあります。すべてを昔の雑木林に戻すことは無理でしょう。生活の場であった里山に、生態系や教育、市民参加の視点を取り入れながら、現状に則した新しい雑木林との付き合い方を考えねばなりません。地域により、団体により、その答えは一つではないでしょう。新しい雑木林とはについて考えていきたいと思います

谷戸の近況(2012年11月・会報52号)

記録的な残暑で秋の野草の開花が遅れ気味でしたが、今年もツリガネニンジン、ワレモコウなど土手の花、ツリフネソウやミゾソバ、オギなど湿地の花が咲きました。昨年の冬に湿地の手入れ(ツル植物などの除去、オギの刈り取りと萌芽促進)をした部分が復活し、保全作業の成果を確認できました。10月15日、シメという冬鳥を見ましたが、今までにない早い記録でした。

タイワンリス

 昔は人気者、今は悪者にされたのがタイワンリスです。20年ほど前までは身近で野生(じつは台湾産の外来種)のリスが見られるのが観光客に人気で、餌付けもされていました。15年くらい前から数が増えるにつれてさまざまな被害が出始め、鎌倉市では13年前に「餌付け禁止条例」ができ、2005年には国の「特定外来生物」にも指定されました。被害で最も目立つのが、木の実や庭の果樹を未熟なうちにかじり落としてしまうことでしょう。最近は、熟したアケビの実がほとんど見つかりませんし、庭で果樹栽培ができなくなりました。樹木の皮をかじって枯らしてしまう被害も目立ちます。かつてはツバキやミズキ、最近はケヤキ、カラスザンショウ、ハゼ、モミジの樹皮をかじる被害が目立ちます。長年観察した結果、木の実が少ない年の1月~2月に多発することがわかりました。木の皮の下にある形成層という部分に栄養があるので、ここを食べて栄養補給するようです。幹や枝をぐるりと一周してかじられると、そこから先は枯れてしまいます。電線をかじったり、カヤぶき屋根の家からカヤを巣材用に持ち去ったり、建造物への被害も出ています。また、野鳥の巣を襲って雛や卵を食べてしまった例も報告されています。なぜ、ここまで増えてしまったのでしょうか?専門家によると一番の原因は餌付けと言われています。人間の与える餌は栄養価が高く、出産回数が増えるのだそうです。私は里山の放棄で常緑樹が増え、原産地の台湾の森と似てきたことが大きな原因と考えています。ここ数年、鎌倉とよく似た森林がある三浦半島や横浜市南部では急激に増えていますが、丹沢や箱根方面で増えてきたという話は聞きません。

 1980年代の山崎の谷戸の林は、常緑樹があまり目立たず木も小さめで、源氏山公園周辺の林とは違って見えました。タイワンリスも少なく野鳥の種類にも違いがあり、私にはその差がとても印象的で山崎の谷戸に通うきっかけになりました。鎌倉市全体の生態系を考えると、常緑樹や大きな木を減らして、明るい雑木林を増やすことも必要でしょう。タイワンリスが増えた背景には、里山の環境変化もあるのではないかと感じます。

赤とんぼ(アキアカネ)(2012年9月・会報51号)

 ♪~夕焼け小焼けの赤とんぼ~♪の曲で親しまれているのは、アキアカネ(秋茜)というトンボです。よくウスバキトンボ(薄翅黄トンボ)と混同されているようですが、ウスバキトンボは8月ごろから群れで飛んでいる橙色のトンボです。

 「赤とんぼ」の歌詞に♪~止まっているよ竿の先~♪とありますが、ウスバキトンボは止まらずに飛び続けているのでアキアカネと見分けられます。9月下旬、ようやく残暑が去る頃、田んぼのネットの支柱にアキアカネがとまっています。見上げると、天高く数知れぬアキアカネが群舞しているかもしれません。気がつけばシオカラトンボが姿を消し、アキアカネに入れ替わっています。わずか一週間ほどで夏のトンボと秋のトンボが鮮やかに交代するので、秋が突然やって来たように感じます。そして、稲刈りが終わる10月半ばの秋晴れの日の午前中、アキアカネの産卵が一斉に始まります。オスとメスが前後につながって、お尻(腹の先端)でチョンチョンと田んぼの水たまりをつつくように産卵します。卵のまま冬を越し、春にヤゴ(幼虫)が生まれます。田植えが終わる6月半ばから7月にかけて、ヤゴは稲株に這い上がってトンボになります。一番草の頃、稲株につかまっている、うまれたてのアキアカネを見た人もいるでしょう。まだ体が赤くないので、赤とんぼ(アキアカネ)とは気づかないかもしれません。田んぼで生まれて、夏の間は長野県などの高原で過ごし、秋になるとまた田んぼに戻って産卵します。

 谷戸の田んぼで生きものを調べると、アキアカネのヤゴ(幼虫)は“大田”、“中田”など、冬季に乾燥する区画に多い傾向があります。おそらく、ライバル(捕食者となり得る)のシオカラトンボ類のヤゴが多い区画では、春先に生まれたばかりのアキアカネの小さなヤゴが食べられてしまうのかもしれません。冬季に乾燥する区画ではシオカラトンボはじめ他のトンボのヤゴが減少してしまうので、アキアカネのヤゴが無事に育ちやすいのでしょう。谷戸の田んぼは、昔ながらの大小さまざまな区画に分かれていることで、生きものに多様な環境を提供しているのです。

ホトケドジョウ(2012年7月・会報50号)

 普通のドジョウより頭が大きく見えるので、ナマズに似ています。地元(腰越地区)の人はオンバコと呼んでドジョウと区別していたようです。大きさは最大でも7センチ程度でドジョウより小型です。他の魚が棲まないような川の源流部の小さな水路に棲んでおり、山崎の谷戸のような里山の環境を好みます。ゲンジボタル、カワトンボ、そしてホトケドジョウ、鎌倉の谷戸の水路を代表する生きものと言えます。山崎の谷戸ではホトケドジョウがたくさん見られますが、神奈川県では“絶滅危惧種”に指定されており、谷戸のような環境が貴重になっていることがわかります。田んぼの生きもの調査を始めて驚いたことは、ドジョウだけでなく水路にいるはずのホトケドジョウの稚魚を多数見つけたことでした。田植えの頃、田んぼでも水路に近い“山田”と呼ばれる区画で、メダカのようなホトケドジョウの稚魚が泳いでいるのを見ることがあります。この頃の田んぼはミジンコなど微生物の宝庫なので、ホトケドジョウの稚魚はサケが海で育つように、田んぼと水路を往復して暮らしているのでしょう。梅雨明けが近づくと田んぼから姿を消してしまうのが不思議ですが、田んぼの水が熱くなりすぎて水路にもどってしまうのだと思われます。真夏になると田んぼの水温は40度近くに上昇しますが、谷戸の水路は真夏でも25度以上になりません。これは“絞り水”と呼ばれる水源が各所にあるからで、この冷たい水源がホタルやホトケドジョウなど谷戸の生きものを支えています。ほとんど水がないような場所でも泥に潜って生き延びることができ、幅20cm、長さ数mほどしかない狭い水路でも生息できるようです。

 狭い環境でも生き延びられるということは、わずかな地形の変化に影響を受けやすいとういことにもつながります。水路の途中に淵や淀み(深い場所)があると多くの稚魚が育つことや、成魚の越冬地として役立つことがわかってきました。山崎の谷戸では、ししいし周辺から東谷沖まで、ほぼ全域の水路に分布しており、休耕田跡地のような湿地の環境にも見られます。今後は重要な生息地点をモニタリングしながら見守っていきたいと思います。

カワトンボ(2012年5月・会報49号)

 4月下旬、初夏の日射しにまぶしさを感じたら農繁期の始まりです。チョウやトンボなども姿を現しますが、その多くは初夏だけで命を終える春の虫たちです。山崎の谷戸は鎌倉市内では残り少ない里山の自然が残る地域で、今では貴重になった春の昆虫がたくさんいます。カワトンボはその代表で、ホタルが棲むような谷戸の源流に生息しています。連休の頃、谷戸の水路で大きな糸トンボを見かけたらカワトンボです。メタリックグリーンの体をきらきらさせながら、ふわりふわりと道案内するように飛ぶ姿はまるで妖精のよう!シュレーゲルアオガエルとカワトンボがいる限り、谷戸の水辺は大丈夫と思ってよいでしょう。前者は昔ながらの田んぼ、後者は水路の環境の指標になるからです。カワトンボは翅(はね)の茶色いものと透明なもの、胴体の色も緑色だったり白だったりとさまざまです。これらは年齢(トンボになってからの日数)や、♂♀、そしてタイプの違いなのです。詳しくは図鑑をご覧ください。おもしろいのは、同じ♂でも翅が茶色か透明かで生き方が違うことです。茶色い翅の♂は一定の縄張りを守りながら、近寄ってきた♀と手堅く交尾します。一方透明な翅の♂は特に縄張りをもたないので、隙を見つけてなんとか♀と交尾しようとしているかに見えます。透明な翅の♂が気楽に暮らしているからではなく、茶色い翅の♂と戦うと負けるので縄張りを持てないという悲しい事情があるのです。体の大きさを計測してみると茶色い翅の♂の方が明らかに大きいのです。その体格差を人間に換算すると、日本人と欧米人の違いに相当します。条件の悪い生息地、つまり狭い場所や水量が少ない場所では、透明型の♂が圧倒的に多くなり、茶色い翅の♂はほとんどいなくなるのです。悪条件下では競争に弱いものがむしろ有利になるということなのでしょう。

 山崎の谷戸は、両方のタイプが同じくらい生息しています。長年観察を続けた結果、水路が浅くなるとカワトンボの幼虫が少なくなることや、水路が落ち葉などで渕のようにせき止められている場所に幼虫が多いことがわかりました。そこで、生態系班では、水路が草で埋もれそうな場合は手入れをしています。また水路で落ち葉がたまっている場所は、なるべくそっと見守るようにしています。