春が近づく山崎の谷戸(2009年3月・会報30号)

 雨が多かった今年の冬も終わりに近づき、日差しが強くなってきました。夕暮れの時間も延びてきて、春は間近と言いたいところですが、雪が降ったり大雨や強風が吹き荒れるなど、桜が咲くまでは不安定な気象が続きます。野鳥のさえずりやカエルの産卵、春の野草が咲き始める季節ですが、寒さはまだ厳しく、野鳥たちの餌が底をついているのに気づきます。木々の芽生えは意外に遅く、低木は3月下旬、コナラやクヌギなど大きな木は、桜が満開を過ぎる4月10日頃にようやく新緑が目立つようになります。その頃から農作業が忙しくなり、春の盛りを楽しむ余裕もなくあっという間に初夏が来ます。春はゆっくりやって来て、足早に去っていくもの。行き過ぎる春を追いながら谷戸通いが続きます。

ウグイス
 ウグイスのさえずりを楽しむなら山崎の谷戸に限ります。20箇所以上で鳴いていますから、一羽鳴くと、谷戸のあちこちで、他のウグイスがこだまのように鳴き返す様子は圧巻です。ウグイスの密度が高いと競争が激しくなるらしく、庭先でたまに一羽鳴くのと違い、朝の数時間を鳴き通しています。それでもうるさいと感じないところに、ウグイスの声が古来より愛でられてきた所以があるのでしょう。600年以上前の本に、派手好きで有名な武将がウグイスを入れた籠を何百も持たせて行列しながら見せびらかしたという記述があるそうで、その頃からウグイスを飼って鳴き声を楽しむことが流行っていたことが分かります。ウグイスのさえずりにはホーホケキョの他に、ケキョ、ケキョ、ケキョと連続して鳴く「谷渡り」と呼ばれる声があります。人が接近するなど警戒している時によく聞かれます。古来、上手なウグイスはホーホケキョを三段階に変化をつけて鳴くと言われます。1回目のホーホケキョの後、2回目はヒーホケキョと高い声で鳴き、3回目は低めのホ、ホーホケキョの声で締めくくるといった具合です。そもそもウグイスが鳴くのは、縄張りの防衛が目的と言われていますから、2回目の美声で自分の存在を誇示し、最後はドスの利いた?声で周りを威嚇して終わるといったつもりなのかもしれません。古人も親しんだウグイスの三段鳴きの聞分けに、挑戦してみてはいかがでしょうか。

冬の谷戸(2009年1月・会報29号)

 12月半ばまで紅葉が残る鎌倉ですが、正月になるとようやく冬らしくなります。一年中で最も天候が安定し、ゆっくり自然を楽しめる季節です。
2月に入ると陽が伸びて日差しも強くなり、いわゆる「光の春」を感じることができるでしょう。
冬のお勧めは、朝の散歩です。よく晴れた朝は、霜柱を踏みに谷戸へどうぞ。湿地の霜が溶けて白い霧が漂う幻想的な雰囲気を楽しめるでしょう。ふかふかの落ち葉を踏みしめて歩くのもお勧めです。コナラとクヌギは葉が部厚くて丈夫なので、排水のよい状態を長く保つことができ、腐葉土の材料として優れています。2月になるとコナラの落ち葉も少しずつ分解して目立たなくなり、春の野草の芽が伸び始めます。

冬の鷹
 縁起のよい初夢に、「一富士、二鷹、三なすび」とたとえられる鷹ですが、この谷戸は鷹を見るのによい場所です。人があまり入らない台峯緑地と、里山で野鳥が多い谷戸が隣接しているので、鷹の生息に適しているのでしょう。オオタカ、ノスリ、サシバなどがよく見られる他、ハイタカ、ツミ、ハチクマ、チョウゲンボウや、ハヤブサ、ミサゴも見かけることがあります。身近で見られる鷹の種類は意外に多いのに、気づく人が少ないのはなぜでしょうか。数の少なさもありますが、鷹は一日の大半を林の中に隠れて過ごすからでしょう。オオタカやノスリは、木陰に潜んで待ち伏せ、斜面から突然飛び出して襲いかかります。獲物をつかむとき、座布団を投げつけたようなドサッという音がしたのが今でも忘れられません。獲物にされるヒヨドリやタイワンリスは、鷹を見つけると独特の鳴声で警報を出します。追い出されるように上空へ舞い上がる鷹、静かな谷戸に緊張感が漂う一瞬です。冬の谷戸でハトやヒヨドリ、時にはサギやカモの羽毛が散乱しているのを見かけることがありますが、オオタカやノスリの仕業です。見分け方は難しいのですが、種類までは分からなくても、トビより少し小さくて白っぽいのが鷹の仲間です。野鳥観察をしなくても2~3日に1回くらいは谷戸で鷹を見かける機会があるので、時々空を見上げてみてはいかがでしょうか。

秋暦(2008年11月・会報28号)

初秋 9月 9中旬までは残暑が続き、セミの声もにぎやかです。今年は台風が接近しなかったのが、なによりでした。

中秋 10月 残暑が終わると夏の虫と秋の虫が入れ替わります。大きなアゲハチョウに代わって、小さく地味なイチモンジセセリなど秋のチョウが目立つようになります。9月下旬にシオカラトンボやヤンマが姿を消すと、アキアカネ(赤とんぼ)が田んぼにやってくるはずですが、今年はなぜかあまり見かけません。セミが鳴きやむと昼間コオロギが鳴いているのに気づきます。昔の人はコオロギの音を「肩刺せ、すそ刺せ、つづれ刺せ」と聞いたそうですが、「着物のほころびを縫い直して、冬に備えなさい」という意味だとか。ちょうど長袖が着たくなる時期ですね。ススキの穂が出る頃になると、湿地ではミゾソバやツリフネソウが咲き、稲刈りのシーズンを迎えます。この20年、公園整備工事を経たにも関わらず、湿地の花が以前と同じように咲いているのは嬉しいことです。乾燥化が進行しないのは、水田や休耕田の保全活動の成果かもしれません。

晩秋 11月 あるトンボの研究家によると、11月3日の文化の日は、虫捕りの網をしまう日だそうです。この頃を境にドジョウや貝など小動物も冬眠に入ります。代わって野鳥が自然の主役になる季節、アオジやシメ、ツグミなど、シベリアから移動してきた冬鳥で谷戸がにぎやかになります。ハゼの紅葉が始まる頃、湿地の植物も草紅葉となりますが、枯草の根元に来春のセリの新芽が伸びているのに気づくでしょうか。

初冬 12月 12月に入ると、落葉した木々が目立つ中、コナラの黄葉が最盛期を迎えます。よく観ると、茶色から鮮やかな黄色、ほんのりピンク色に染まる葉まで、様々な色あいを見せてくれます。コナラが散る12月半ば、ふかふかの落葉を踏みしめながら山道を歩くと青空の高さに冬を感じます。

モズ

 「キリキリキリ、キュンキュン」モズの鋭い鳴き声は、秋の澄んだ空気に似合います。稲刈りの頃谷戸に現れ、一羽ずつ縄張りをつくって、他のモズが入ってくると追い払います。あの鋭い鳴き声は縄張り宣言なのでしょう。枝先など目立つ場所によく止まり、大きな頭と鋭いクチバシ、長い尾羽の特徴的なシルエットは、肉眼でも容易に見分けることができます。毎年住みつく場所が決まっていて、田んぼ周辺の他、炭焼き窯のある畑の周辺、ししいしの周辺、奥の梅林の周辺にそれぞれ、一羽ずつ縄張りを構えます。20年間、縄張りの位置と数がほとんど変わらないので、田畑の維持がモズの生息環境を守っているのでしょう。田畑がなくなるとエサがとりにくくなるのか、同じ面積でもモズの数が少なくなります。モズは里山を象徴する鳥なのです。

夏から秋へ(2008年9月・会報27号)

 日中は人影もまばらですが、白い網を手にした子どもたちが暑さにもめげずに通って来ます。「あっいた!つかまえた!」うれしそうな歓声を聞くと、こちらまで楽しくなって暑さも吹き飛びます。梅雨明け後は干天が続き、畑の土も白く乾いてカチカチに固まってしまいました。頼みの夕立も鎌倉を避けて降るのはどうしたことでしょう。今年の夏はミンミンゼミやアブラゼミの声が少なく静かです。ヘイケボタルもセミも例年より遅めなようです。

コオロギ

8月半ば、稲の穂が出始める頃はツクツクボウシがせわしく鳴き、土手には秋の花も咲き始め、草むらに大きなバッタやカマキリ、そしてコオロギが鳴き始めると夏休みも終盤です。

 残暑の中、セミの大合唱を聞いても風流は感じませんが、哀調を帯びたコオロギの音は、秋の夜長にふさわしい気がします。秋の鳴く虫とはコオロギやキリギリスの仲間を指します。 コオロギ類は黒くて平たく、畑や庭など地面がむき出しの場所に棲み、キリギリス類は緑色で細長く、草むらや藪に生息します。さまざまな種類がわずかな環境の違いで棲み分けているので、鎌倉中央公園のような里山が格好の生息地です。田畑の耕作を放棄すると種類数が減ってしまいますが、中にはセイタカアワダチソウやクズが生える荒れた草地を好む種類もいるので微妙です。里山環境の多様性を最も敏感に反映する生き物と言えるでしょう。

梅雨から夏(2008年7月・会報26号)

 田植えの前に台風が接近するなど、温暖化の影響を受けながら農繁期がスタートしています。雨量が多めで、田植えの準備作業は楽だったようですが、空梅雨になったり、集中豪雨が来ないことを願います。暑さと湿気に包まれながら、生きものが勢いよく育つ季節となりました。同じ夏でも7月は生きものたちの成長期、8月は充実期であり子孫を残す準備の季節です。田んぼの稲も、7月までは分けつを盛んに行い大きくなることに専念していますが、8月に入ると早くも穂が出始めます。季節の移り変わりを愛でながら田畑の作物とかかわれるのが、鎌倉中央公園の谷戸ならではの楽しみでしょう。

シオカラトンボとその仲間

 名前が知られている割に、実物を知らない人が増えてきました。身近にトンボが見られなくなって久しいからでしょうか。田舎の田んぼに行っても、アカトンボの仲間はいますが、シオカラトンボは意外に少ないのに驚きます。機械化のために冬に乾かす田んぼでは、シオカラトンボの幼虫が冬越しできないからでしょう。幸い、谷戸は昔ながらの田んぼが継承されているので、5月~9月までたくさんのシオカラトンボの仲間が見られます。ここで「仲間」と書いたのは、シオヤトンボ、オオシオカラトンボ、シオカラトンボの3種類のシオカラトンボがいるからです。シオヤトンボは初夏(4月下旬~6月)だけ、オオシオカラトンボは夏(5月下旬~9月上旬)、シオカラトンボは初夏~夏(4月下旬~9月上旬)、特に8月後半に多く見られます。このうちシオヤトンボは環境が良くないとあまり見られません。山崎の谷戸では3種が共に20年前の開園前と変わらず多数見られることが素晴らしいと思います。

 シオカラトンボのシオカラとは塩辛とのことで、オスが成熟すると白い粉を吹いて青白くなることからその名がつきました。雌は黄色っぽくムギワラトンボと称されますが、オスもはじめのうちは、雌と同じムギワラ色だということは殆ど知られていません。

 オオシオカラトンボは、シオカラトンボと混じって飛んでいる太めの群青色のトンボですが、別種であると気づく人は少ないようです。昔の子どもは、ちゃんと見分けていて、ドロボウトンボと呼んでいたという人もいました。眼が真っ黒でなんとなくダークなイメージがあるからではないかとその人は言っていましたが、眼の色の違いまで知っていたということは、実際に捕まえた経験が豊富だったからでしょう。子ども達には、虫を身近に置いて穴があくほど見つめる、そんな機会を持ってほしいと思います。

 シオカラトンボとオオシオカラトンボでは捕まえやすさも違います、どちらが捕まえやすいか試してください。なお、虫かごは日陰におくこと、できれば草など虫が安定してつかまるものを入れてやること、トンボは特に弱りやすいので、長い時間の拘束はしないことなど、虫たちへの気遣いも忘れずに。

春から初夏へ(2008年5月・会報25号)

 今年は3月半ばから急に気温が上昇し、春には珍しく雷雨がありました。雨が降るたびに春めいて、3月13日の大雨の後は季節の歩みが早まりました。早春を楽しむ間もなく春の盛りを迎え、早春の花とサクラが同時に満開になりました。サクラが散って、新緑が濃くなり、チョウやトンボが飛び始めると、初夏の訪れです。春の花を覆いつくすように伸びる草の勢いを感じたら、今年も農繁期の始まりです。

シュレーゲルアオガエル(無尾目アオガエル科)

 キリリ、コロロと谷戸に響くカエルの声を聞くと、いよいよ田んぼが始まるなあと思います。きっと鎌倉時代の人も同じように感じたことでしょう。サク ラが散る頃、産卵のため田んぼに降りてきたシュレーゲルアオガエルは、畔を掘って土の中に泡のような卵塊を産みます。オタマジャクシは泡の中で生まれますが、雨が降ると水の中に流れ落ち泳ぎ始めます。 卵塊も鳴いているカエルも田んぼの外からはあまり見えません。田うないや畔切りなど、田んぼで泥にまみれると、カエルや卵塊と出会えます。子どもの頃、近所の田んぼに白い泡のようなものが浮いていて不思議に思ったことがありますが、今から思えばシュレーゲルアオガエルの卵塊でした。30年ほど前までは鎌倉市内のあちこちに田んぼが残っていたので、独特の鳴き声や泡のような卵塊に覚えのある方もいるのでは?とは言え、シュレーゲルアオガエルはどこにでもいるカエルではないようです。平地の広い田んぼには棲まず、山沿いの田んぼ周辺に限られているようです。普段は樹の上で暮らしているので、田んぼの周りに林がないと生きていけないのでしょう。田んぼをやめてアシ原になったり、畔がコンクリートで固められたりすると棲めません。まさに、昔ながらの谷戸の自然を代表する生きものと言えそうです。田植え前にはオタマジャクシとなって、梅雨時には稲と一緒に育ちます。梅雨明けが近づく頃には、小指の先ほどの小さなアオガエルが草の上に登っている姿が見られることでしょう。足元のオタマジャクシの成長を愛でながら、田んぼの作業を楽しんでみてはいかがでしょうか。