生態系から観た里山の手入れ 谷戸のカヤネズミ その2(2019年1月会報89号)

●毎年変動する巣の数 ホタルやアカガエルの卵と同じく、カヤネズミの巣の数も年によって多い少ないがあります。年により2倍以上の増減があるようです。およそ2年サイクルのような気がしますが、5~10年単位で考えないと本当の増減はわからないでしょう。2008年からは「日本自然保護協会」を通じて、調査データを環境庁へ報告しています。10年位前は1個しか記録できない年もありましたが、2014年以降は5~10個以上記録できる年もあります。調査人数が増えたこともありますが、20年前の数に戻りつつあると感じています。

●山崎の谷戸には、5~6箇所(5~6家族?)に生息 場所別に現状を報告します。1.東谷沖(梅林手前のオギ原):昔から必ずカヤネズミの巣が見つかる場所で最も安定しています。2.本田周辺:かつては田んぼに巣が多く見つかりましたが、近年は少なくなっていました。6年前から「NPO法人森びとプロジェクト」のみなさんと、荒れた湿地を手入れしてオギ(ススキに似た植物)の生育を改善した結果、巣が見られるようになってきました。3.野外体験広場周辺:最近巣が多く見つかるようになりました。昆虫や野鳥のため刈り残してあるチカラシバや、水路近くのササに巣が見つかります。巣が増えることを期待してササの手入れを工夫しています。4.小段谷戸:毎回ではありませんが、時々巣が見つかります。5.炭焼小屋下の湿地:昔からオギやススキに巣が見つかる場所でしたが、最近は減少傾向です。湿地のオギの衰退と関係があると思われ、オギ原の手入れ(ツル、枯れ草の除去、日照確保など)をさらに励む必要があります。6.ししいし周辺:かつてはチカラシバやオギに巣が見つかった場所ですが、最近は見つかりません。数年前から湿地の手入れを始めており、巣の復活を期待しています。

●絶滅しやすいカヤネズミ カヤネズミは山崎の谷戸の中でも限られた場所で暮らしています。湿地のオギやチカラシバがなくなっただけで絶滅してしまうでしょう。市内のある緑地では、数年でカヤネズミが絶滅してしまいました。今から思えば、わずかなオギ原の範囲で暮らしていたので、オギの刈り方の微妙なよし悪しがもろに影響したのかもしれません。周囲を住宅地に囲まれた狭い谷戸(里山)で、生きものを守る難しさをカヤネズミが象徴しているように思えます。これからも、調査(モニタリング)を継続しながら湿地の保全作業を続けていきたいと思います。

生態系から観た里山の手入れ 谷戸のカヤネズミ その1(2018年11月会報88号)

 今年は稲刈りの際に、カヤネズミの巣が10以上も見つかり話題になっています。神奈川県でも激減している貴重な生きもので、鎌倉市内では山崎の谷戸と台峯緑地が最後の生息地になったかもしれません。

●カヤネズミとは 日本最小のネズミで、家屋に入ったり、田畑を荒らすことはありません。雑草の種などを食べます。ススキ、オギ、チガヤ、チカラシバ、イネ、ササなど、大型のイネ科植物の葉を縦に裂いて糸のようにし、器用に編んで丸い巣を作りその中で子育てをします。初夏~秋に何回も子育てをし、冬は地表近くで暮らしているようです。

●カヤぶき屋根のあった時代に 田畑と雑木林が里山のイメージですが、忘れてならないのがカヤ原(ススキの草原)です。カヤぶき屋根の材料や家畜の飼料を得る場として欠かせなかったのです。鎌倉では山の尾根に、カヤ原があり、毎年手入れをしていたようです。山崎の谷戸の周辺の山の尾根は、カヤ原だったそうです。カヤネズミもたくさんいたでしょう。谷戸のカヤネズミは最後の生き残りなのです。

●田んぼの周辺の草地を守る 現在、市内で大型のイネ科植物がまとまって生えている場所は、ほとんどありません。カヤネズミは冬も大型のイネ科植物の周辺で暮らしているので、田んぼの周辺の湿地や草地が必要です。20年位前までは、毎年田んぼで巣が見つかりましたが、最近は田んぼで巣が見つからなくなっていました。カヤネズミの調査を続ける中で感じたのは、田んぼの周辺の湿地や草むらが、ツルにおおわれるなど荒れてきたころから、カヤネズミが減ったことです。そこで田んぼの近く(堆肥置き場の裏)のオギ原を数年かけて手入れをしました。生態系班以外にも、会員の紹介で「NPO法人森びとプロジェクト」の人手を借り、はびこっていたフジヅルなどを除去した結果、数年でオギ原が元気になり、カヤネズミが巣を作るようになりました。その結果、昨年あたりから、再び田んぼの方にもカヤネズミの巣が見つかるようになったのです。次回は今までのカヤネズミ調査と保護活動から見えてきたことを書きます。

生態系から観た里山の手入れ 谷戸のクモ  (2018年9月・会報87号)

●谷戸のクモ 今まで環境別に手入れの方法を考えてみましたが、今後は谷戸の生きものから環境を考えてみます。クモは田畑に関わる人が最も大切にすべき生きものでしょう。有機農法や自然農法では、農薬を使わないので、害虫を食べてくれるクモを大切にします。最近はクモの減少が気になっています。作業の合間にクモを観察してみませんか。

●クモ入門 網(クモの巣)を作るクモと、歩き回るクモの2つのグループがあります。最近はクモの図鑑が何種類も出ています。図鑑に目を通すと、網の形からオニグモの仲間、クサグモの仲間などおよその見当がつきますし、歩き回るクモは、体型からコモリグモの仲間、カニグモの仲間、ハエトリグモの仲間などが、簡単に見分けられるようになります。

●田畑を守ってくれるクモ 田んぼの水面を歩いているのはコモリグモの仲間です。背中に子グモを背負っているのを見ることから「子守りグモ」の名があります。イネの害虫のウンカを食べると言われます。畑の草取りをしていると、ハシリグモやコモリグモが走り回っている姿を見ます。

●「敷きわら」がクモを増やす クモやコオロギは、草が茂った場所より、畑の周辺にたくさんいます。裸地(土がむきだしになった場所)だけでなく、「敷きわら」があると隠れ場所になり数が増えるようです。有機農法では、作物の根元にわらや草を敷く「敷きわら」を重視しますが、雑草の抑制以外に、害虫の天敵であるクモを増やす意味もあるのでしょう。

●谷戸ならではのクモ 源氏山などほかの緑地から谷戸へ来ると、クモの多さを感じます。田畑や湿地の環境があるからでしょう。アシ原に暮らす大型のハシリグモ(イオウイロハシリグモ)、トリノフンダマシ、田んぼで目立つナガコガネグモは谷戸を代表するクモでしょう。

●クモの巣の数で環境がわかる ナガコガネグモは稲の間に大きな網を張り、シオカラトンボなどを捕らえます。とても目立つクモなので巣の数を毎年数えれば、環境変化のデータとなるでしょう。

生態系から観た、里山の手入れ 谷戸の湿地 その9 (2018年7月・会報86号)

●谷戸の湿地は希少な環境

鎌倉で、ほぼ壊滅したのが「カヤ原(ススキ草原)」です。谷戸の湿地はカヤ原を代用する草地として重要です。カヤネズミなど県内で激減している動物や、アシ原特有の昆虫も見られます。また、「擬似田んぼ」としての役割もあり、カエルやトンボ、ヘイケボタルなども生息します。湿地をよい状態で存続するには、これまで述べたように手入れを要することが判ってきました。

●都市型の里山(公園)には湿地が必要

近年は、公的な緑地(公園)の中で、里山的な環境を守る試みが始まっています。都会の周辺では、農家に代わって市民が里山の担い手になってきました。従来の里山に、教育と生態系保全という新たな視点を加えることで、新たに「都市型の里山」が生まれてきたと感じます。昔からの田畑の周辺に湿地や原っぱなどがあることで、生きものの種類が増え、自然豊かな緑地となります。

●体験学習や作業体験の場として活用

小中学生や一般のボランティアを受け入れる際、田畑の周辺の湿地が役に立っています。田畑より作業に熟練を要しないし、作物を気にせず、比較的大勢が入れます。湿地復元(湿地の中に水溜りを作る作業)のほか、ツル(カナムグラやクズ)や帰化植物(セイタカアワダチソウなど)の除去作業(湿地本来の植物、アシやオギを守る)があります。今後は冬に湿地の草刈りをしてもらうなども考えられるでしょう。

●来園者が生きものと触れ合える場所として

公園であっても、田畑に不特定多数の人を入れるわけにはいきません。教育のためには、田畑で育った生きものが来園者と触れ合えるように工夫しなくてはなりません。田畑の周辺の湿地や水溜りに、生きものが棲み付くような環境整備が必要です。田畑を保護区として里山生物を守り、田畑で増えた生きものが、周辺の広場や水路に出てきて、子ども達が生きものと触れ合えるようにするのが理想です。そのために、湿地の保全作業を模索する意義があると思います。昔から、食料生産の場であった里山の生活のよさを見直しながら、教育や自然保護の価値観を取り入れることで、より多くの参加を期待できるでしょう。

生態系から観た、里山の手入れ 谷戸の湿地 その8 (2018年5月・会報85号)

●湿地復元をしている4つの場所

湿地の水たまりを維持するために、毎年、4つの場所(小さな池)で湿地復元作業をしています。前回説明した「湿地内部の水たまり」よりも大きく目立つ場所にあるので、子どもたちの自然体験の場としても利用されています。生態系保全からは「擬似田んぼ」として、また体験学習の場としても重要です。4つの場所は各々由来や特徴に違いがあります。
1.ししいし裏の湿地(休耕田)
1997年まで田んぼだった場所です。休耕田のように、水面が見えて「田んぼ雑草」が生えている状態を維持することが目的です。子どもたちの遊び場所でもありますが、石や枝を投げ込まれていることもあります。夏は干上がることがあるので、上流側の湿地(ザリガニ池)から水を導入しています。
2.通称「ザリガニ池」
「ししいし裏の湿地」から道路を隔てた場所です。湿地の排水マスの周辺を、アシを除去して小さな水溜りにしています。水面が見えるようにすることで、子どもたちが水辺の生きものと触れ合える場所です。「ししいし裏の湿地」へ水を導入するための流路を確保する意味でも手入れが必要です。周辺の湿地内部を流れる水路の草を抜き、掘り直すなど手入れをしています。
3.農家風休憩舎脇の湿地(水たまり)
1986年ごろは湿地の水溜りで、当時、湿地復元をしたところ、スキー板やペンキの缶など粗大ゴミが大量に埋められていました。水が溜まるようにすることで、田んぼから流れてきた生きものが、この湿地に滞留して生き残れるようにしています。最近、湿地の一角でヘイケボタルが増えてきました。外来種のオオフサモが繁茂して水面がなくなってしまうことや、水路(体験広場の北側を流れる水路から導入)が埋まりやすいので、手入れが必要です。
4.田んぼの先の湿地(水たまり)
公園整備の際、谷戸を横断する園路が造成されたので、田んぼの先(東谷沖)の湿地と田んぼが道路で分断されてしまいました。横断道路の上流側に湿地の水が溜まりやすくなって、水溜りのようになっています。泥が深く、ひざの上まで浸かります。放任すれば、ガマやアシが茂り、より一層、ヘドロも溜まりやすくなります。年に一度でも手入れをすることで、湿地(水たまり)に流れができ、ヘドロが少しずつ流れていきます。またホトケドジョウなどの生きものが生息できるようになります。
次回は、まとめとして湿地の手入れと生きものについて考えてみます。