生態系から観た、里山の手入れ 谷戸の湿地 その7 (2018年3月・会報84号)

●畔跡地周辺の手入れ

1.湿地に残された畔跡地
 湿地も元はゆるやかな棚田だったようです。現在の本田を見れば分かりますが、水路に頼らない「絞り水(湧き水)」だけで潤されている区画も多かったようです。谷戸の水は大事に田んぼに使い、無駄に水路に流さなかったのでしょう。田んぼをやめた後、将来は畑などに利用できるよう、湿地を乾燥させる工夫をしているようです。谷戸の湿地を観察すると、畔を切って(意図的に壊して)水がたまらないようにした形跡が見られます。このままでは、湿地を存続させるのは難しいということです。
2.湿地を残すには、畔跡地の手入れが必要
 山崎の谷戸のような都会型(都会周辺)の里山では、生態系保全のため湿地を大事にしています。田んぼが少なくなった今、カエルやトンボなど田んぼの生きものや、カヤネズミ、野鳥などが生息する湿地を存続させたいのです。そのためには畔跡地周辺の手入れをして水辺の環境を保全することも大切です。
3.畔跡地周辺の現状
 専門家から、畔の跡地を修復して田んぼの状態を戻すよう提案されることがあります。ところが、田んぼをやめて数十年も放任されていると新たな生態系もできています。例えば、畔を切る(壊す)ことで湿地の中に水路が生じ、ホトケドジョウやオニヤンマの幼虫が生息しています。畔跡地周辺には水がしみだして沼地になりヘイケボタルの棲家になっています。田んぼとは違った水辺の生態系がいつのまにかできているのです。実際に畔の跡地を修復して水を溜めることは容易なことではありません。田んぼの跡地(湿地)に新たに生まれた環境も大事にしながら、少しずつ田んぼに近い湿地を復元したいと考えます。
4.必要な畔跡地の手入れ
 カエル(特にヒキガエル)が産卵するには水溜りが必要です。ヒキガエルが産卵に来る水溜りは毎年同じですが、放任していると埋もれてしまうので手入れが必要です。また、湿地の中でも安定して水がたまる場所は限られているので貴重です。畔の段差の低い側や、湿地と斜面の境界部にそのような場所があります。また、畔の段差が大きい場合、畔の切れ目を流れる水路の侵食作用が激しくなり湿地の乾燥化につながるので、畔の切れ目を少しふさぐことも必要でしょう。うまくいくと畔の段差の高い側が沼地のようになり、ヘイケボタルが増えることもあります。湿地の中の水路はアシなど植物の根で埋もれてくることがありますが、場合によっては植物の根を除去して水路を確保してやる必要もあるでしょう。

生態系から観た、里山の手入れ 谷戸の湿地 その6 (2018年1月・会報83号)

●湿地の手入れ その2 畔の跡地を手入れしよう

 昔は田んぼだった谷戸の湿地、今では畔の跡地に樹木が目立ちます。樹木が茂ると湿地の日当たりが悪くなり、アシやオギの生育が悪くなります。また、畔跡地から湿地へツルが伸びて湿地の植物をおおってしまいます。冬は湿地の作業に最適な季節です。生態系に配慮した畔跡地の手入れをしましょう。

●畔跡地の木をどうするか

 不特定多数の人が訪れる都市型の里山の場合、畔跡地の樹木は野鳥の隠れ場所になるので、よい面もありますが、長い目で見ると湿地によくないので、原則として大きな樹木は少しずつ(一気に切ると景観が急に変わるので)伐採した方がよいと思います。ウツギなどの低木は、野鳥やヘイケボタルのために役立つので、ある程度残さなければなりません。

●畔跡地の手入れ

 生態系保全のためには、一部の植物を残しながら、少しずつ畔跡地の手入れを進める方が安全です。ササやアオキ、小さなノイバラを刈り、外来種のセイタカアワダチソウを抜きます。その後、ツルを除去して、湿地へツルが伸びるのを防ぎます。特にフジとクズ、カナムグラの駆除が大切なようです。

●注意点

 ツルを引っ張るだけでなく、ツルの根元を確認して、地表すれすれにある発芽点を掘り取ります。ササやセイタカアワダチソウは、もう一度、春~夏に刈らないと効果が出ません。ノイバラは作業の妨げになるので根こそぎ切りたいところですが、花が咲くことや、昆虫に役立つので大きな株は残した方がよさそうです。

●切ってはいけない木

 湿地の中でヘイケボタルが生息している場所が数箇所あります。畔跡地から伸びた木(低木)の枝が日陰を作り湿地の草が生えません。そのような場所は木(低木)を切らないことが大切です。これはホタルの専門家にもアドバイスを受けています。

●畔跡地を生かすことで魅力的な湿地ができる

 山崎の谷戸のような都市型の里山では、狭い面積の中でたくさんの生きものを守る工夫が必要です。一面に湿地の植物が生えているよりは、湿地の所々に低木や水溜りがある箱庭的な環境が望まれます。機械力を駆使する業者にはできない、市民ならではの手作業が、湿地の畔跡地のよりよい保全につながるでしょう。次回は畔跡地周辺の手入れを考えてみます。

生態系から観た、里山の手入れ 谷戸の湿地 その5(2017年11月・会報82号)

●湿地の手入れ その1 暴れるツル草 クズ、フジ、カナムグラ

 9月半ばから10月にかけて、ミゾソバやツリフネソウ、さらにオギやアシなどが開花し、湿地は花盛りになります。でも湿地の手入れを怠っていると、いつの間にかカナムグラなどのツル草に覆われてしまいます。ツル草の中でも、山崎の谷戸の場合、まず、上記の3種類を抑制(適度な駆除)すればよいでしょう。湿地の荒廃はツル草の繁茂から始まります。生態系保全班では10年以上湿地のカナムグラ、フジ、クズの草除去に励み、ようやくその成果が感じられるようになってきました。

●ツルがはびこる原因

 クズやフジは、湿地の周辺や畔跡地など乾いた場所から芽を出し、湿地内部にツルを伸ばします。カナムグラは、湿地内に落ちた種が発芽して急増します。また、一度生えると根が何年も残って、繰り返し繁茂するようになります。

●ツルの駆除の要点

 (1)クズやフジの場合:ツルが茂る夏~秋よりも、芽が伸びてくる春~初夏に根元から駆除すると効果的です。また、夏~秋は、湿地内のツルだけではなく、畔跡地や周辺部の元の部分を駆除する必要があります。根元をたどってみると意外に本数は少ないものです。
 (2)カナムグラの場合:春、たくさん発芽している場所を除草。ツルが伸び始める初夏、種が落ちる前の8月~11月半ばにツルを除去(ツルだけでなく根元をたどって根から除去する)。駆除が非常に困難なので長期間の作業が必要です。

●注意点

 手作業が中心になります。草刈機で刈ると、刃にツルが絡んで作業しにくいだけでなく、アシやオギ、ミゾソバなど残したい植物も一緒に刈られてしまいます。8月以降に刈ると、アシやオギの再生が悪くなります。

●湿地全体の再生を視野に

 (1)冬季に枯れたアシ・オギを刈ることで、春に良い芽が出てアシ・オギが元気になることが分かりました。湿地本来の植物を元気にしていくことも大切です。
 (2)まだ実験していませんが、広範囲を耕して湿地全体に水分をいきわたらせればカナムグラが発芽しにくい環境になるはずです。
 (3)これも試していませんが、湿地の枯れ草を冬に集めて堆肥の材料にすれば、湿地の土がやせて、ツルが育ちにくい環境になるかもしれません。

生態系から観た、里山の手入れ 谷戸の湿地 その4(2017年9月・会報81号)

●湿地の手入れの考え方、今昔(20~30年前)

1.従来からの定説
 谷戸(里山)の湿地が大切とされるようになったのは、30年前の里山ブームで湿地が生きものの棲家として評価されたからです。当時は、湿地を田んぼに戻さなければ、アシなど湿地の植物に混じってツルやササが生えてきて、ヤブや林に変わっていくのが宿命であると説かれていました。とは言え、公園化された谷戸では全面的に田んぼを復活させることができません。従来の里山管理に湿地の位置づけはありませんが、湿地も大切なので管理方法を新たに考えるべきでしょう。今まで、市内の湿地の環境変化を観察した結果、実態は必ずしも定説通りではなさそうだと感じています。

2.谷戸の湿地の実態
 (1)場所にもよるが、この30年、湿地の乾燥化(植物の変化)はほとんど感じられない。むしろ、湿地の日当たりが悪くなった(斜面の樹木が大きくなり湿地が日陰になる)ことが影響している。
 (2)乾燥化で湿地の植物が弱って減少したのではなく、ツル(クズ、フジ、カナムグラ)に覆われてしまっているのが実態。湿地は健在でもヤブのような風景になってしまう。
 (3)最初は、湿地の畔跡地や散策路など周辺の発生源からツルやササが侵入してくる。放任すると、湿地の内部にクズやフジが根を下ろしたり、カナムグラの種が落ちて発芽したりして、湿地が荒れてくる。
 (4)休耕田の名残で、湿地の内部に残された水たまりが埋まってきて、ヒキガエルなどが産卵しなくなっている。
 (5)かつて田んぼだった頃は、ゆるやかな棚田のような地形で水がたまっていたが、田んぼをやめると畔が壊れて、湿地に水がたまらなくなってきている。
 (6)セリをつみに人が入るようになると、湿地が踏まれて硬くなり、水が浸透しにくくなり乾燥化する場合もある。
 実際の手入れ方法などについて次号以降書いてみたいと思います。

生態系から観た、里山の手入れ 谷戸の湿地 その3(2017年7月・会報80号)

●湿地のさまざまな環境と生きもの

1.田んぼの地形が残る湿地と生きもの
 元は田んぼだったため、アシやオギに覆われていても田んぼの地形が残っており、複雑な自然環境を作っています。稲が植えられていた場所は現在も平らでアシやオギが生えています。アシが生えている場所は長靴が沈むほど水が多く、オギが生えている場所は、長靴が汚れる程度に湿っています。安全に踏み込めるのはオギが生えている場所です。下草として夏~秋はミゾソバ、冬~春はセリが主に生えています。カシラダカ(スズメに似た野鳥)、カヤネズミ、キンヒバリ(小型のコオロギ)など、現在では希少になった動植物の生息地です。畔の跡地は湿地の中で小高くなっているため、湿地の植物とは異なる、ササや低木、サクラなどの高木が生え、フジヅルなどもからんで藪になっています。野鳥などの隠れ場所として役立っています。畔の跡地の段差の部分や斜面との境界付近は、水がにじみ出ており掘れば水がたまることもあります。木陰になっているので植物が生えません、限られた狭い場所ですが、ヘイケボタルやトンボの幼虫が育つ大切な環境です。湿地の中の水路は、休耕田になった後、自然にできた流路です。湿地の外からはその存在が分かりにくいのですが、ツリフネソウなど湿地特有の野草が水路沿いに生育します。10月にツリフネソウの咲いている場所をたどれば水路の位置が分かります。またホトケドジョウなどの魚、トンボの幼虫、サワガニなどが生息しています。

2.ヘイケボタルを見つけよう
 田んぼと湿地ではヘイケボタルの時期が違います。主に6月下旬から7月上旬に田んぼで、7月中旬~8月中旬にかけて湿地でヘイケボタルが光ります。湿地全体ではなく、前記のような水がにじみ出てくる場所に限定して見られます。湿地のヘイケボタルを見ながら、湿地の保全を考えてみませんか。

生態系から観た、里山の手入れ 谷戸の湿地 その2(2017年5月・会報79号)

●湿地は荒地か?

1.手入れされた里山にはない環境
 農家の立場では、田んぼをやめてアシが生える湿地になると、そこは里山ではなく荒地です。近年は全国的に荒地を含んだ里山が増えており、トンボやホタルのような里山の生きものが荒地も利用することから、生態系保護の観点から湿地のような荒地も評価されるようになりました。昔からの里山にはない新しい考え方が出てきたのです。

2.湿地保全の考え方
 尾瀬のような山奥の湿地は、専門家による研究がされていますが、里山の湿地は、現場で活動している人たちが試行錯誤しているのが現状です。山崎の谷戸や市内で約30年観た結果、次のようなことが分かりました。湿地は次第に乾燥化するとされているが、場所により差があり一概に言えない。湿地の乾燥化よりも、湿地が放任された結果、ツル植物の繁茂などが生態系や景観に影響を与えていることが重要。結論として、谷戸の湿地も田畑と同じく手入れをすることが必要ではないか。加えて、湿地の中にさまざまな環境が含まれているので、それぞれに手入れの仕方を変えていかなくてはならない。次回以降は湿地の中にある多様な環境と生きもの、手入れの方法について考えてみたいと思います。

3.春は湿地が目覚める季節
 寒いうちは枯れたアシやオギの間から、セリが青々と茂っているのが目立ちます。3月になるとミゾソバの芽が一斉に発芽しますが、気付いている人は少ないようです。サクラが散って新緑の季節になると、一斉にアシ、オギ、ガマなど湿地の主役が芽を出します。連休のころには早くも膝くらいの草丈に伸び、梅雨を迎えるころには背丈くらいの高さに伸び切ってしまいます。4月半ばから6月にかけて、湿地の植物が一気に成長する季節です。田畑の行き帰りに眺めてみてはいかがでしょうか。