谷戸の自然だより(平成21年度)

初夏を迎えて(2009年5月・会報31号)

サクラが散ると気温も安定し、暑さを感じる日が出てきます。木々の新芽が一斉に伸び始め、連休を迎える頃には木の葉も一人前の大きさに育っています。昆虫の姿が目に付くようになり、足元の草が伸び始めたら、初夏の幕開け、そして農繁期の始まりです。

ウツギ(卯の花)

ウツギは空木という意味で、枝を切ると空洞があることが名の由来です。ウツギと名のつく植物はたくさんありますが、いずれも花が美しい低木です。山崎の谷戸には、ハコネウツギ(スイカズラ科)、コゴメウツギ(バラ科)、マルバウツギ、ウツギ(以上ユキノシタ科))があり、5月から6月にかけて咲きます。

中でもウツギは卯の花として昔から知名度が高いのですが、その割に実物は知られていないようです。谷戸の道端や湿地の畔跡、広場など到るところで見かけます。5月下旬から純白の花が房のようになって咲き始める様子は見事です。6月上旬に満開を迎える頃、梅雨入りして雨に打たれて痛んでしまう様は何とも残念で、この頃の雨を昔の人が「卯の花腐し」(うのはなくたし)と呼んだのもうなずけます。

ウツギによく似たマルバウツギも数多く見かける低木です。園芸種のコデマリによく似た白い花を咲かせますが、こちらの花は5月の上旬から咲き始め、ウツギが咲き始める頃には終わっています。ウツギが背丈くらいに伸びるのに対しマルバウツギはやや小さく、崖のような場所に生えるので、ウツギとははっきり住み分けているのが面白いところです。谷戸の山沿いの道ばたや、切通しのような場所には必ずあって、鎌倉の地形を代表する植物とも言えるでしょう。鎌倉に住んでいる人なら、名前は知らなくても一度は目にしているはずです。鎌倉といえばアジサイが有名ですが、騒 いでいるのは観光客だけ。ヤマザクラの美しさとマルバウツギの花を知らなければ、鎌倉人とは言えない?と密かに思っています。

梅雨から夏へ(2009年7月・会報32号)

梅雨空の下、田畑の作物や虫たちが育っていきます。そして草たちも。この時期の雨は山の斜面にしみこんで、次に来る日照りと猛暑への備えにもなるのでしょう。草取りをしていると、いつの間にかコオロギやバッタの幼虫が生まれているのに気付きます。うっすらと水滴がついたクモの巣がまだ小さくて、クモもこの季節に育っていることがわかります。谷戸を何回往復してもその度に新しい発見がある季節です

オニヤンマ(鬼ヤンマ)

夏休みの夕方、谷戸の流れに沿って行ったり来たりしている大きなトンボがオニヤンマです。幼虫は谷戸の川底の泥に潜っており、ザルで探ると数ミリ~5cmくらいまで様々な大きさのものが見つかります。成虫になるまで4年ほどかかるので各世代が同居しているのでしょう。

6月下旬にトンボになり、7月中は高く飛んでいてあまり下へは降りてきません。夕方、谷戸の空を見上げるとオニヤンマが群舞しているのを見かけることがあります。蚊のような小さな虫を食べているのでしょう。時にはチョウやシオカラトンボまで襲って食べることもあります。
 
夏休みの始まる頃に、谷戸の流れを往復する縄張り行動が始まり、夏休みの後半になると産卵が始まります。体を垂直にして川底を突き刺すことを繰り返す独特の産卵行動は一度見たら忘れられません。

子どもの頃、目の前を風のように通り過ぎていくオニヤンマは、なかなかとれないあこがれのトンボでした。かつて鎌倉の谷戸にはどこでも“ドブ”と称する流れがあり、昔からオニヤンマがたくさん棲んでいましたが、昭和40年代に道路が舗装されると、“ドブ”は暗渠になり、子どもたちの遊び相手だった生きもの達の姿も消えました。山崎の谷戸で、ヒグラシの蝉しぐれを聞きながらオニヤンマを見ていると、遠い昔の記憶がよみがえることでしょう。

残暑から初秋へ(2009年9月・会報33号)

8月の末に田んぼのネット張りが終わり、稲刈りが始まる10月中旬ごろまでは、夏のなごりと秋風が相半ばする季節です。いつまでも鳴き続けるセミの声に飽き飽きしながらも、夕暮れの早まりと足元の野草の花や虫の音に秋の気配を感じることでしょう。畑は秋の種蒔きで忙しい季節。毎週、台風の動向が気になります。

ドングリ

コナラやクヌギ、カシやシイの木の実をドングリと呼びます。どれも堅い実で中身にデンプンが含まれ栄養があるので、動物や野鳥、昆虫、子どもたちまで、みんなドングリが大好きです。

9月の初めごろ谷戸の道を歩くと、青いドングリをつけたコナラ の枝がたくさん落ちています。よく見ると枝の切り口が切断されたようになっていて、ドングリには針で刺したような小さな穴が見つ かります。これはハイイロチョッキリという小さな甲虫がドングリに産卵して枝ごと切り落とした仕業です。森のネズミもドングリが大好物です。雑木林班が手入れしている林で栗色の小さなネズミ(アカネズミ)を見たことがあります。木の根元の洞に逃げ込んだので、のぞいてみるとドングリを蓄えているようでした。ヤマガラやカラスといった野鳥もドングリには目がありません。その場で食べるだけでなく、ドングリを運んではどこかへ隠しているようです。こうした野鳥の行動でドングリが遠くに移動でき、ドングリの林が広がるのに役立っているそうです。

秋も深まるころ、ドングリは赤い根を出して発芽します。 谷戸の中でも下草やササを刈った林や道沿いで、コナラやカシの子どもの木が育っているのが見られます。周囲の大木が倒れたり枯れると、すぐにこれらが育って後継ぎの木になるのです。ドングリが芽を出している林は健康な林なのかもしれません。ドングリの芽を探しみませんか。

秋から初冬へ(2009年11月・会報34号)

鎌倉では、10月の稲刈りの頃が季節の変わり目です。朝、長袖が着たくなり、セミが鳴きやんだら本当の秋の始まりです。引き締まった空気の中、脱穀が始まり、秋野菜が育っていきます。文化の日を過ぎ、木々が色づき始める頃、ふと寒さを感じたら晩秋の訪れでしょう。見上げる青空に鳥が飛び交い、北国からの使者、冬鳥がやって来ます。勤労感謝の日を過ぎ、紅葉が散りはじめコナラの黄葉が始まると冬の訪れです。

ハゼ

魚のハゼではなく、ハゼの木のお話です。紅葉と言えばモミジを連想しますが、鎌倉ではハゼが主役でしょう。ツヤのある真っ赤なハゼの紅葉に、モミジとは違った南国的な美しさを感じます。子どもの頃より鎌倉の紅葉が綺麗だと感じるのは、年を取ったせいだけでなく、ハゼの木が目立つようになったからでしょう。その他、黄葉がきれいな木として、アカメガシワがありますが、これも子どもの頃の記憶にない木です。山の手入れがされなくなって常緑樹が増えたことが話題になりますが、落葉樹の種類も増えています。ハゼ、アカメガシワだけでなく、カラスザンショウ、ミズキなど、昔はほとんど見かけなかった木が勢力を伸ばしています。これらの木は林を伐採した跡や放任された空き地など、日当たりのよい場所に真っ先に芽生えて素早く成長します。原生林である常緑樹が生えるまでの代役であり、荒廃した場所に所かまわず生える樹木なのでしょう。困ったことに山崎の谷戸では湿地(田んぼの跡地)に残された畔の跡地にハゼの木が育ち、紅葉の名所?になってしまいました。本来の谷戸の姿を考えると当然伐採すべきものですが、谷戸が公園になった現在では、生きものの棲み家として役立っている側面もあります。ハゼの木を切るか切らないかではなく、毎年ハゼの木を切り詰めていき少しずつ減らしていくなど、工夫次第でさまざまな対応策が考えられるでしょう。冬枯れの中、ブドウの房のようなハゼの実は最後まで落ちずに残ります。それは華やかな秋とは違い厳しさを感じる冬の姿です。

初冬から真冬へ(2010年1月・会報35号)

今年は紅葉が一週間ほど早めに進み、いつもは12月に入ってからピークを迎えるコナラの黄葉が、11月末から綺麗に色づき、12月に入るとすぐに散り始めました。ふかふかのコナラの落ち葉を踏んで歩いているうちは初冬、さくさくした霜柱を靴底に感じたら真冬です。

アオキ

「雑木林の手入れだ!アオキを切ろう!」。青木さんは、谷戸に来ると肩身が狭い? ササと並んでアオキは里山の敵役になっているようです。でも、アオキが嫌われるようになったのは最近のこと、昔は赤い実のなる庭木として重宝されていた記憶があります。幼いころ、アオキの実を集めて遊んだ人もいるでしょう。アオキの赤い実は鳥や動物にも目立つらしく、餌が少ない2月の林の中で、ヒヨドリや、タイワンリスが食べているのを見かけます。赤い皮の部分を噛むとほのかに甘さを感じます。アオキの実をよく見ると、野鳥がくちばしではさんで、味見をしたらしい傷跡が残っていることがあります。きっと、おいしそうな実を選んでいるに違いありません。

ところで、アオキが生えている場所とササが生えている場所が微妙に違うのをご存知でしょうか。山崎の谷戸では、日当たりのよい南斜面にササが多く、北斜面にはアオキが多くなります。雑木林が荒れると最初にササが浸入しますが、木が育ってさらに日照条件が悪くなればササからアオキへ下草の種類が変わってくるようです。つまり、大きな木を伐採しないと日当たりがよくならないので、下草のアオキを切るだけでは野草が増えないことが多いようです。その点、ササが密生している場所はまだ日照条件がよいので、ササを切るだけでヤマユリが咲いたりします。雑木林はササが生えているうちに手入れをした方がよさそうです。

また、アオキが急増した原因として土壌の問題が挙げられます。よく刈りこまれた土手や山崩れの跡には、他の植物は生えてもアオキはあまり芽生えません。腐葉土が溜りにくい痩せた土地は苦手なようです。
林の落ち葉かきをしなくなったことがアオキを増やしたのかもしれません。雑木林の手入れはもちろん、落ち葉をたくさん集めて、堆肥をいっぱい作り、ついでにカブトムシの幼虫も増やすなど、都会の里山らしい循環を楽しく考えていきたいと思います。

真冬から早春へ(2010年3月・会報36号)

農繁期を前に、谷戸が最も静かな季節です。正月より日が伸びて、日射しに明るさを感じる頃、小鳥のさえずりを耳にします。小鳥のさえずりは繁殖の兆し、餌が少ない厳しい季節に子孫を残す活動が始まるのです。田んぼの氷が溶けない寒い日もありますが、アカガエルたちが産卵を始めました。2月初めに田んぼの水を多めに入れてもらったところ、すぐに産卵が始まりました。畑の周辺では、ホトケノザ、ヒメオドリコソウの桃色の花や、ハコベ、ナズナの白い花、オオイヌノフグリの青い花が咲き始めました。1月14日の七草粥の時は、ほとんど咲いていなかったナズナの花が、2月に入ると目立つようになりました。春が近いとは言え、4月にサクラが咲くまでは季節の歩みはゆっくりです。少しずつ花の種類が増えていき、低木から新芽が芽吹いてくるでしょう。

ホトケノザとヒメオドリコソウ

10年くらい前までは、早春、谷戸の畑の周りがホトケノザの花で赤紫色に染まっていたものです。それが今では点々としか咲いていません。代わりに増えたのがヒメオドリコソウというヨーロッパ原産の帰化植物です。花の色は薄いピンク色で、ホトケノザよりも地味な野草です。同じシソ科で、花の形も咲く時期も似ていることから、競合する関係にあるのでしょう。近年は、谷戸に限らず道端や空き地など、ヒメオドリコソウばかりが目立ち、ホトケノザはいつの間にか姿を消しています。ホトケノザとヒメオドリコソウの関係に限らず、外国から入ってきた生物が増えるとよくないと言われるのは、元からいた近縁の生物を圧迫するからなのです。谷戸の中で両種の分布を調べてみると面白いことが判ります。車道の付近にヒメオドリコソウが多く、車道が通っていない区域にはヒメオドリコソウがほとんど浸入していないのです。
道路工事や車の通行が、生態系に影響を与えているのかもしれません。今や谷戸の畑の周りはヒメオドリコソウが優勢になってしまい残念ですが、畑を耕している部分を中心にホトケノザが残っています。土を耕す行為に対し、ホトケノザの方がヒメオドリコソウより適応力があるのでしょう。畑の手入れに精を出せば在来のホトケノザを保全し、昔ながらの谷戸の風景を守ることになるらしい。植物調査をすることで、そんなつながりが見えてきました。